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2. Voiceless Wish 12

「俺が一緒に住んでる幼馴染みが児童相談所で働いてて、崩壊した家族に携わってる。仕事のことはあんまり話さないんだけど、それでも時々どんなことがあるかを教えてくれることがあってさ。児童相談所が目指すのは基本的には家族を再構築することで、でもそれができないほど壊れた家族もあるし、血が繋がってても繋がってなくても、ひどい虐待はあるんだって。そういう話を聞くと、家族って何なんだろうって思うことがある。乃空はどう思う?」 歩みを進めながらそう口にする。爽やかな風を避けるように、乃空の長い睫毛が瞬きに合わせて何度か動いた。 俺の唐突な質問に、隣にいる友人が戸惑いを見せることはなかった。澄んだ眼差しは俺じゃなくて真っ直ぐ前へと向けられている。 「血が繋がってたって家族になれないこともあるんだから、血縁は関係ないんだと思う。一緒に住むだけでは家族とは言えないよ」 そこで一旦区切って、何かを呑み込むように俯いてから乃空は俺を見た。 「他人であっても、心のどこかを支えることができればいいのかなと思うことがある。立場や置かれている環境が違うから、同じものを同じように背負うことはできない。けれど、何か別の形で支えになれたら嬉しいし、もしも家族のように大切な誰かがいたとすれば、僕はそんな存在でありたい」 唇からこぼれるのは、祈りのような言葉。迷いのない口振りに思わず溜息がこぼれた。 乃空ならきっとそうなれるだろう。ひたむきで素直な友人を見ていると、しみじみとそう感じる。 同じ立場になるのは無理だけど、とりあえず海里が家に帰ってきたいと思えるような関係でいられたらいいのかな。 そんなことを考えると心の中に晴れ間が見えた気がして、少し気持ちが軽くなった。 「ありがとう」 感謝の言葉を口にすると、乃空は嬉しそうにはにかんでまた前を向く。視界に映るのは、空と緑と由緒ある白い建物。美しいコントラストに囲まれながら、乃空の見る景色は俺と同じであって同じじゃないのかもしれないなと思った。 ふと空を仰げば、広がるのは雲ひとつないきれいな青のグラデーション。この空の下のどこかで、助けを求める小さな声があがってる。 海里はその声なき声に手を差し伸べる仕事をしてるんだ。 「いい天気だな」 ぽつりとそう呟くと、乃空が同じ角度で見上げる。 「うん。本当に」 耳を澄ましたところで、無力な俺には誰の声も聞こえない。だけど、どこかの家族を救おうとする海里の支えになることはできるかもしれない。 どうか、悲しい状況に置かれた子どもたちが幸せになりますように。 祈りは命を繋いでいく。 今日は帰ったら、いつもより少しだけ余計に甘えさせてやろうかな。 そんなことを思いながら、青空の下にそびえ立つ白亜の学舎に向かって足を進めていった。 "Voiceless Wish" end

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