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第134話
「俺んちここだから」
ごく一般的な木造二階建ての住宅を前に健人が言う。
健人がここに住んでいるのかと思うと、ぬくもりのある温かい家庭が思い浮かべられた。
自分とは違う。けれど、健人には温かい場所に居続けてほしい。
宗太はそう考えて、何かを決意したかのように口許を結んだ。
「じゃあな」
「うん。また明日」
宗太は自転車をUターンさせ元来た道へ引き返す。
帰路を行く途中ジーンズのポケットでスマホが震えた。
「……くそ野郎」
父親からのメールだった。
血と金の繋がりはあるが、育てられた覚えはない父親だ。他人同然である。
だけど今、荒くれて生きてきた自分にチャンスを与えてくれている。
迷いながら学園にただ通い続けてきたが、守りたいものがまた増えた。
どうだ?気持ちは固まったか?
このメールに宗太は「ああ」と返信した。
その晩、lostworldにログインした宗太は、ギルドwantedのメンバーにギルドリーダーの引退表明をすることとなった。
『クリスマスイベントを以てリーダーを引退することにした。この後をクロロ、あんたに頼みたい』
『は……、俺?』
『そうだよwあんたしかいねーんだ』
『ジンは?』
『ジンは進学校のお坊ちゃんなんだぜ。これからはゲームどころじゃねーよ、多分』
『そうなんだ……』
自分だってそうだ。これからのことを考え、少しずつ準備していかなくてはならない。
何故ならば原田宗太は、進学校のお坊ちゃんである以前に、櫻田学園理事長、櫻田成海の血を分けた息子であるのだから。
宗太の母、原田昌代は櫻田成海の愛人だった。
知り会った時既に宗太の姉である穂香をシングルマザーとして育てている真っ最中でもあった。
そんな折成海と出会い恋に落ちた。だが成海には妻がいた。
それでも尚二人は逢瀬を重ね、ある時宗太を身籠ったという。
もちろん成海の家庭を壊すなどそんな気は毛頭なかった昌代は潔く身を引いた。子を授かったことを隠して。
しかしそれがどういう訳か成海は宗太の存在を認識していたという。
小学校卒業の節目には顔を見せ、一緒に写真まで撮った。
そこで初めて初対面のこの男が自分の父と知り、宗太は見事にぐれてしまったのだ。
荒れに荒れていた中学時代、成海から昌代へ生活面での資金援助の持ち掛けがあった。
断り続けてきた昌代だったが、成海が既に離婚していたこと、更には子に恵まれず経営している櫻田学園の跡取りに宗太を迎え入れたいという申し出があり、昌代は宗太が望むならと返事をしたのである。
昌代からすれば、日々、ケンカ、ケンカに明け暮れて泥のような生活を送る我が子を変えたいという思いがあったのだろう。
その一方で、宗太には成海から申し出を受け入れてくれれば今後の家族の安定を約束すると、これはこれである種脅迫まがいの連絡が続いていた。
悪い話ではないけれど自分の将来がここで決まってしまう。
簡単に決められることではなかった。
だが、健人に出会い、宗太は変わった。守りたいものが増えたのだ。
だったら自分はもっと強くならなくてはならない。
宗太の意志は固まった。
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