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抱えた秘密

「あーあ、卒業しちゃったなー。」  隣に並ぶ海の言葉に、僕はそうだね、と静かに相槌を打ちながら目を伏せた。  卒業。式も何もかも終わったあとでも、そんな実感は少しも湧かない。いや、その事実を信じたくない、認めたくないという気持ちがあるのかもしれない。  すっかり西に傾いた太陽に照らされながら、立春が過ぎたとはいえまだまだ寒く澄んだ川沿いの土手道を、僕達はゆっくり歩く。この道は家の近い俺達が高校3年間、学校へ通うために一緒に通った道だ。たったそれだけだけど、それでも海との忘れたくない思い出だった。  海とのことは全部が大切だ。海が僕の中で一番大きな部分を占めている。失えば二度とふさがらない穴ができるくらいに僕は海に想いを寄せている。中学の時から、ずっとだ。相手が同性だなんて百も承知、それでも海だから好きになった。  家が近い関係から僕達は小学校から一緒で、性格は全く違うけどずっと寄り添っていられるような居心地のいい関係だったと思う。お互いの家をよく行き来しては同じ時間を共有する毎日だった。海は喜怒哀楽がハッキリしていて喧嘩するときもあったけど、それでもいつも眩しい笑顔で僕を迎えてくれる、それに惹き付けられた。海はクラスの中心にいるような人物だったが、多分その頃から僕は海に惹かれてたと思う。  想いを自覚したのは中学3年生のとき。同じ中学でクラスが違うときもあったが、朝は一緒に登校するのは続いていたし、お昼も海がわざわざ僕のクラスまで来て食べていた。海は相変わらず人気者だったけど、端っこで物静かに佇んでいるような存在の僕から離れることは無かった。人気者ゆえ、女子たちから告白されていることも耳にしていた。そんな話を耳にするたびに感じる、胸を締め付けられる感覚。そのときはまだその正体が何なのかわからなかった。  ある日、体育の授業のために更衣室で着替えている最中、何となく海に目をやる。僕より少しだけ高い背、筋がうっすら浮かび上がっている首筋。がっしりしすぎずほっそりし過ぎない肩のライン。上半身が顕になり目に入るしなやかな筋肉。  ドキッ  突如跳ねた鼓動に思わず胸を抑え、海から目を逸らす。脈拍が上がり、顔に熱が集まる感覚。  どうしてこんなにドキドキしてるんだろう。なんでこんなにも胸が弾んで熱いんだろう。  それからしばらく海とは目を合わせられず、あまり近づかないようにした。そうしないと、あの好意室でのことを生々しく思い出しそうで怖かった。そしてそのまま距離間を図りかねていた次の日。校舎裏で海が女子から告白されているのをたまたま見かけた。相手は同じクラスの可愛いと話題の子だった。その瞬間襲った胸の痛みと苦しみ。今まで何度も感じてきたソレと同じ感覚。それで僕は海のことが一人の男として好きなのだと自覚したのだった。自分でも驚いたが、心のどこかでやっぱりそうかと納得してる自分がいたのも確かだった。  それ後、海からその女子と付き合いはじめたという報告をもらった。僕は笑顔で、おめでとう、良かったねと喜んで祝福した。  胸の焼けるような痛みに、気づかないフリをして、笑顔を貼り付けた。  同性同士なんて、叶うはずがないのはわかってる。それでも苦しくて苦しくて、家に帰ると笑顔がいつの間にか歪んでいて、自室に向かうとベッドの上で声を押し殺して泣いた。  その次の日から僕は少しずつ距離をとりはじめた。一緒に登校するのを、彼女を理由に少しずつやめることにした。彼女ができてからも一緒にお昼を食べようとしてくれたが、用事があると言って誰もいないところで独りでこっそり食べた。海が彼女と一緒に楽しそうにおしゃべりしている様子を見て、張り裂ける痛みに狂ってしまいそうな日もあった。僕はそれでも笑顔を貼り付け続けた。自分がもし思いを伝えたとしても海を困らせるのは明らかだ。同性に想われるなんて普通じゃない、例え長い付き合いがあっても受け入れられるはずがない。だから僕は、大切な人が今幸せならそれでいいと思った。  結局、受験の関係で忙しくなった結果、海とその女子は別れることになったようだ。でも僕はまた海と前みたいに一緒に登校して一緒にお昼を食べるという生活には戻ろうと思えなかった。想いを自覚する前には戻れない。離れたほうがお互いのためだ。だから距離を取ろうとした。でも海はそれに反して、いとも簡単にその距離を縮めてくるんだ。  避け続けて数日後の放課後、とうとう僕は海に捕まった。力ではないのに、腕をがっちり掴まれて引き止められる。 「おい!遥斗!」 「……な、何?」 「何じゃねぇ!なんで俺を避ける?」 「それは……」  口籠る僕に、海は顔を歪め泣きそうな顔で僕を見つめる。 「どうしてだよ……俺のこと、嫌いになった?」 「っ、そんなわけない!」 「じゃあ何で俺から離れてくんだ。」 「っ…………」  訴えられる言葉が切なく響いた。  本当のことなんて言えるわけがないから適当に繕おうとするけど、海に対する避けてきたことと好きになってしまったことの二重に重なる罪悪感で黙り込む。 「お前が嫌じゃないなら、これからも今までみたいに一緒に学校行って飯食って、くだらない話しよう。俺はお前と離れたくないよ、遥斗。」  拒絶なんて、できるわけがなかった。求められることが嬉しくて、でも苦しかった。  結局、その流れで高校も地元の同じ学校へ進学を決めた。僕が高校を決めると、それを聞いた海も同じところにすると言い出したのだ。レベル的に海はギリギリもいいところで、上を行く僕に必死に食らいついてきた。違う学校にしたらと勧めても聞く耳なんて持たず、僕としては複雑な想いを抱えたまま受験。二人とも合格した。  合格発表後、海は輝く笑顔で僕を見つめる。 「またお前と一緒だ、良かった。」  そんな嬉しそうな顔するな、その顔で僕を見るな。期待しそうになるから。  やっぱり僕は、海が好きだ。  辛い目に合うとわかっていながらも海がいないのは嫌だ。僕は腹を括り、少なくともこの3年間は苦しくても表に出さずいつも通り側にいると決めたのだ。  そして今日までなんとか隠し通してきた。長いようで短い道のりだったと思う。ただ一度だけ、僕は失態を犯した。

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