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第14話 後期臨床研修、突入です。

  5月の連休が明けてしばらくは、企業や学校等での   定期健康診断がピークを迎え ――。   医師も看護師も病院での通常業務以外の仕事が増え   老いも若きも体へ鞭打つよう、馬車うまみたいに   働く(働かされる)   4月に入局(大学病院の医局へ入る事)した   前期研修医の離職率が高くなり始めるのも   この時期だそう……。      朝9時、夜勤スタッフから日勤スタッフへの   勤務バトンタッチ ――。   各診療科ごとに前日の当直医や夜勤ナース達からの   申し送り及び全体のブリーフィングが行われる。   この後は外来チームと入院病棟チームに分かれ、   外来は大体お昼まで診察、   入院病棟の方は回診があって・その後、手すきの   スタッフは全員各診療科ごとの勉強会へ。      その勉強会が終わって自分の科へ戻る時、たまたま   隣に並んだ柊二先生に聞かれた ―― 「……俺も、気になるなぁ」 「何ですか? 藪から棒に」 「昨夜は何処にいた? こんないい男からの誘い  断ってさ」 「ノーコメントです」 「じゃ、今夜はどーお? 東山”シャノアール”の  予約、取れたんだけど」 「!! って、どうやって取ったんです?? あそこ、  ツテがないとリザーブ出来ない店って有名なん  ですよ」 「これでも一応、上場企業の役員だよ~。そのくらいの  ツテはある。で、今夜の食事はどうする?」 「……」   幸い今月はそれほど深刻な重篤患者もいないし、   恐らく今日も定時で終われると思う、だから、   溜まってしまった掃除や洗濯物を片付けなきゃ!   って、思ってたのだが東山”シャノアール”は   捨て難い……。   ***  ***  *** 「―― ホントに美味しそうに飲むなぁ、お前は。  見ていて気持ちがいいよ」 「だって本当に美味しいんだから、仕方ないでしょ。  シードルひとつ取っても、流石にいいチョイスして  ますよ。アミューズとの相性もばっちり ――」   そう言いかけ、柊二が自分をじぃーっと見つめて   いる事に気が付いて、 「あ ―― 何ですか?」 「いや、仕事中以外で見る饒舌な倫太朗が楽しくてね。  しかし意外だったよ、まさかお前が誘いを受けて  くれるとはな……難攻不落じゃなかったの?」    「何ですか、人を城塞みたいに……でも、そうですね。  人はずっと同じ状態でいる事ってとても難しいから。  病院の人とはどんなに親しくなっても、院外での  お付き合いはなしにしようって、決めていました。  自信過剰に聞こえるかもしれないけど、  どうも俺ってば、相手へ必要以上に気をもたせて  しまうみたいで……」 「いや、それはよ~く判るよ。俺だって、お前が誘いを  受けてくれたというだけで色々期待してしまっている  からな」 「そうですか? それは困りました」 「やっぱ困るか。それは俺も困ったな」   なんて、2人して真面目くさった顔で言い合った   もんだから、2人はどちらからともなく、小さく   吹き出した。 「まぁ、本音を言ってしまえばタダの研修医がこんな  高級店で食事出来る機会なんて滅多にある事じゃ  ないから、つい、お誘いを受けてしまいました」 「正直でいいな。ちらっと小耳に挟んだんだが……  医者になってなかったら料理人になろうと思って  たって?」 「ハハ ―― いやだなぁ、誰から聞いたんですぅ?  ま、でも料理人なんて大そうなモノじゃなくて、  定年後はそっち方面に進めたらって思ってます」 「で……少しは参考になったかな」 「えぇ、とても。特にワインリストは圧巻でした。  凄すぎて”参考に”なんて言えないけど、今度  馴染みのお店で出来る限り同じ物を  納品して貰えないか相談してみます」 「そっか、お前に喜んで貰えて、俺も嬉しい」 「……俺、柊二センセの事、噂通りの人だって、  ちょっと誤解してました」 「うわさ?」 「若い女子スタッフには音速級に手が早くて。口説き方も  ジゴロみたいだって」 「ん~……当たらずといえども遠からず、ってとこかな  ……生憎、ジゴロみたいな口説き方はしないが、  今のところ狙ったターゲットは百発百中だ」 「ふふふ……凄い、自信ですね」 「あぁ、それだけが取り柄だから」   倫太朗はグラスに残ったワインをゆっくり飲み干し、   染み染みと告げる。 「あぁ ―― 今日はとってもいい夜です。上等な  食事と上等なワイン……これに上等なセックスが  あれば文句のつけようもないんだけど?」 「……上等か、どうかはお前が決めるのかな?」 「当然です。自信はおありですか?」 「ここで”ない”なんて言ったら、男が廃るね」

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