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第15話 (柊二×倫太朗、絡みアリ)

  そして今、   倫太朗は柊二がリザーブしたホテルの客室にいる。   このホテルを使うのは初めてではない。   遠方から招いた著名な先生の為に部屋を取るのは   下っ端の役目だし、接待に使うこともある。   ただ、これはそんな類の仕事ではない……と   倫太朗は思った。 「センセ……」   とりあえず、倫太朗は目の前の男を呼んでみた。   それでこの状況が変わるわけではないが、   流されるようにここまで来て、   会話らしい会話もなく次のステップに   進もうとしている柊二にもう少し考える時間を、   とただそう思った。   しかし、柊二から返事はないし、   その手もとまらない。 「センセ、何をなさっているのか、うかがっても?」   倫太朗は上着を脱がされて、   ふたつあるベッドの片方に座らされていた。   ソファではなく、ベッドというのは微妙だ。   そして、柊二は結構な至近距離で、   倫太朗の前に立っている。 「見て分からぬか? 倫の服を、脱がせている」   そんな事は分かっている。 「何故でしょうか?」 「そりゃ、脱がせたいからに決まってるだろ」 「……失礼しました」   聞き方を間違えたと、倫太朗は思った。   口で柊二に勝つのは至難の業だ。   倫太朗にはどうあがいたところで勝ち目はない   だろう。   状況から流れの方向はわかっているが、   倫太朗にはその理由が分からなかった。 「何の為か、お聞かせ願えますか?」   柊二がやっと、手を止めた。   もう既に倫太朗のネクタイは抜き去られ、   シャツのボタンもすべて外された後だったが、   ひとまず動きは止まった。 「愚問だ」 「はぁっ??」 「あれだけ人をいいように煽っておいて、今さら  お預けでもする気か」   倫太朗はちっとも酔っていないし、   去っていく上司と離れがたくて泣いてもいない。   8年前とは状況が違うわけで、   ここでコトに及んだらなかった事にはできない。   こんなハイリスク・ノーリターンな事に、   首を突っ込むべきではないと、   理性が警告を発している。 「でも、センセ ――」 「チッ ――ちょっと黙ってろ。お前の小言は  コトが済んだらゆっくり聞いてやる」   柊二の言い草に倫太朗は呆れを通り越して、   笑いそうになった。   普通はやる前に説明するものだが、   柊二はやったら説明するらしい。   何をどう説明するのか知らないが、   できれば事前にして欲しい。 「じゃあ、せめて先にシャワーを使わせてもらえ  ませんか」   時間稼ぎ目的の懇願は、   当然あっさりと却下された。 「ダメ。興奮してきたから待てない」   脱がせる手の動きが、スピードアップする。   手際よく外されたベルトが、しゅっと抜けていった。 「センセ」 「―― 上等な食事と上等なワイン、  これに上等なセックスがあれば文句のつけようも  ない、って言ったのはお前だ」   トンっと押されて、   倫太朗は背中からベッドへ倒れた。   その直後、スーツの下が抜き取られた。   柊二は倫太朗を脱がせながら、   いつの間にか自分もシャツを脱ぎ捨てていた。   倫太朗を裸にして、自分はただ、それを見ている。   黙っていろと言われたから、   倫太朗は見つめ返すだけで何も言えない。   上司の命令には従う主義だからか?   それとも相手が柊二だからなのか?   ゆっくりと重なる柊二の重さと体温を感じても、   倫太朗は動かなかった ―― 動けなかった。   指で唇をなぞられ、   痺れに似た感覚が背筋に走った。   気持ち良くて、倫太朗は薄く微笑む。 「余裕だね。あの時は、泣いてばかりだったくせに」   言われて記憶を探るが、   8年前のあの夜の出来事は、   フィルターがかかったみたいに曖昧だった。   泣いていたのは、覚えてる。   でも、セックスがいやで泣いていた訳   じゃなかった。   記憶がなくても、それは言い繕えない。   ぼんやりした記憶の中でさえ、   自分がそれなりに楽しんでいた事は倫太朗にも   分かっている。   それがむしろ、いたたまれないほどに辛い。 「誰か特別な相手がいるなら、やめるけど」   最後通牒のように投げかけられた言葉に、   倫太朗は正直に答えた。 「特にはいません」 「知ってる」   なんで知っているのか? とは、   怖くて聞けなかった。   ただの言葉遊びなのか、   この年になってパートナーの1人も作れない   甲斐性無しだと思われているのか?   考えたくもない。 「じゃあ、抱くけど、いい?」 「嫌だって言ったら、やめてくれるんですか?」 「いいや、やめないけど」   とうとう、倫太朗は笑って、柊二を見上げた。   やめないなら、同意をとる必要もないだろうに、   柊二はどうかしている。   しかし、自分が置かれている危機的状況よりも、   柊二と会話する楽しさの方が勝ってる事に   気づいて、どうかしているのは自分も同じだと、   自嘲した。   柊二の胸板と倫太朗の顔の距離は、   ほんの数センチ   少し手を動かしただけで、   厚い胸板に指が触れそうだ。   (すごぉい……きっと、ワークアウトは毎日    欠かさないんだろうなぁ)   今、自分の上に覆いかぶさっているこの男は、   別に恋人でもなんでもないのだし、   もっと気楽に考えようと、俺は腹を据えた。   ある意味、開き直った倫太朗は、   そろ~り柊二の胸板に手を伸ばす。   そして、チラリと覗く鎖骨の上のホクロに触れた。 「……っ」   柊二はキュッと眉根を寄せ、扇情的な瞳で倫太朗を   見下ろしてくる。   その姿が妙に色っぽくて、倫太朗の胸は高鳴る。   男のこんな顔、初めて見た…… 「随分といやらしい手つきだな。今時の男子はそんな  もんなのか?」   挑発するセリフを言いながら倫太朗の手を取り、   自分の鎖骨から下へと撫でるように促す。   倫太朗が何度か胸元を撫でると、彼はわずかに   息を詰まらせて目を瞑った。   その姿は大人の男の色気を帯びていて、   倫太朗はこの年になって初めてホントの男の世界を   垣間見た気がした。   そんな事を考えて感動していると、   今度は柊二が倫太朗の肩口を羽が撫でるよう   そっと触れる。   わずかに身震い。 「ん、いい反応だ」   からかうように耳元で囁かれたから、   さらに堪らない。   絶対、絶対わざとだ!   自分の反応を見て楽しんでいるに違いない。

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