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第21話

  次に連れて行かれたのはジュエリーショップ。   ショーウィンドウの美しいアクセサリーを   見た瞬間、   俺の足は完全に止まってしまう。   しかし「抱き上げて連れて行っても構わないか?」   と脅されて、半ば怯えつつ店内へ入った。   照明の光を吸い込むようにして輝く宝石の煌きで、   視界を焼かれそうだった。   幻覚に襲われる私は、好きなものを選べと   言われても選べない。   代わりにスタッフがシンプルなネックレスや、   普段使いでも嫌味にならないデザインの   アクセサリーを、やはり30種類選んでくれた。   なぜ30個も買うのかと非難を込めて柊二に   問うてみたら、店ごと買っても足らないくらいだ、   と薄笑いをたたえて言い返されたので口をつぐむ。   ここでも購入した商品も全て配送処理をされて、   店を出た時はとっぷり日が暮れている時刻だった。   ここで急遽、俺の付き添いは柊二から   彼の私設秘書・矢吹さんへバトンタッチ。   柊二はお父様からの呼び出しで松濤にある   ご実家へと戻って行った。   これでようやく帰れると安堵の息を吐いた   俺だったが車は今、東京駅へ向かう方角と   反対方向に走っていく。   俺の表情が強張る。 「も、もう、買い物は十分ですけど」 「おや、腹は減っていませんか?」 「あ……」   言われてから自覚した。   確かにお腹はぺっこぺこ。   柊二と軽くお茶してから   最初に入ったブティックで出されたお茶以外は   口にしていない。  ***  ***  ***   割烹『 はまなす 』      ここ、西麻布から六本木界隈には京都祇園に   負けず劣らず、大小取り混ぜ老舗と呼ばれる   1流店から庶民派の小料理屋まで約**程の   お店がある。     矢吹さんが言うには、それらの中でも今この   『はまなす』が、群を抜いているんだそう。   俺と矢吹さんがお店の、のれんをくぐると、   ご実家へ戻ったはずの柊二は既にカウンター席   にいて、その両隣には70代前後の男性と和装が   とってもお似合いの物凄い美人さんがいた。   びっくりして、立ち止まった俺の耳元へ矢吹さんが   そうっと囁いた。 「奥の男性が各務会長で女性の方がクラブ”マノン”の  翔子ママです」   クラブ”マノン” ――   高級レストランや料亭での定番接待のあと   行きつく銀座の超高級クラブ。    「今晩わ、お久しぶりね。矢吹さん」 「えぇ、すっかりご無沙汰してしまって」       カウンターに並んで座った柊二と   ママさんの姿があまりにもお似合いで、   俺の胸は何故か、ズキリと痛んだ。    「おぅ、そんな所に突っ立ってねぇでこっちに  来て座れ」   「は、はい ―― さぁ、桐沢先生、お先にどうぞ」 「は、はい……」   カウンターで良かった……。   もし、お座敷で、仲の良さげな2人の姿   差し向かいで見せつけられたら、   せっかくの美味しい料理も喉を通らなかった   だろう。      けど、知らず知らずに俺の運ぶ箸は   重くなっていたようで……。      寒ブリのお造りを箸で挟んだまま、ぼんやりして   いたら、ママさんが心配そうに俺の顔を   覗き込んできた。       「―― どうかなさった?   どこか、お体の具合でも悪い?」   「あ、いえ、そんなんやないです。えと、さっき  までいたショッピングセンターで試食品の  つまみ食いしてたから」   「なんだ、そうか ―― じゃ今夜の分は折り詰め  にでもしてもらえばいい」   「はい、ありがとうございます……」      柊二とママさんと会長さんはお店のご主人と   **談義に花を咲かせ ――、   会長さんの護衛で付いて来た2人の黒服さんは   2人で酒を酌み交わしている。      いつもと変わらない、そんな日常の光景なのに。      何だか自分1人が取り残されているような   気がしてきて、もう慣れっこのハズの疎外感に   辛くなる。   もう……んっとに、どうしちゃったんだろ。      何だか、自分でもよく分からない感情に   戸惑っている私の前に温かな湯気を立ち昇らせた   ミネストローネスープが置かれた。   日本料理のお店で洋風のミネストローネ、   そんなミスマッチな組み合わせに     ふっと顔を上げると、カウンター越しに脇板の   刑部さんが微笑んでいた。       「召し上がって下さい。温まりますよ」 「……どうも、ありがと」   ”1人じゃないよ” そう言われているような   気がした。          ⇩ 又は ⇩   (スープを飲んで、体は温まっても、相変わらず    心は冷たい風が吹き抜けているようだった)    だけど俺は今日、   今と彼の薬指にリングを見つけた時の2回……   たった1日で2回も! 失恋気分を味わった。 

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