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第29話

  事のあらましを明確にする為の話し合いの場が   大吾先生の自宅で設けられた。   柊二があつしを連れてやって来た。 「―― 問題の迫田って野郎は結構執念深いと  思ったんでな、オレの独断で悪かったがあつしにも  事情を話した」 「いえ、当然です」   リビングの応接テーブルを大吾先生・柊二・あつし   そして俺が囲む。 「倫、もう、逃げるなよ」   開口一番、あつしがそう言った。 「……分かってる」   もう、俺は腹を決めた。   脅されて、奴の言いなりになっているうちは、   負の無限ループは絶対に止まらない。   迫田との関係を重荷に感じているなら、   俺自身がある程度の覚悟を持って奴に対抗しなきゃ   何も変えられないんだ。   俺は昨年末に迫田と再会して、昨夜までの経緯を   3人に全部打ち明けた。   あつしは俺と迫田の関係が3ヶ月以上も続いていた事に   強いショックを受けたみたい。   そして 「今まで気付いてやれなくてごめん」と   言ってくれた。   あつしの気持ちが胸に沁みて涙が溢れた。 「―― 問題はこれから先、どうするか? だ」 「もちろん、もう、治には倫を好きにさせない」 「そこで一番肝心なのは、倫太朗の心構えだな  ”覚悟”と言い換えてもいい。もし、また、その男が  現れても拒みきる覚悟はあるか?」   と、大吾先生。   あいつがまた、目の前に現れて強く迫って来たら、   はっきり言って、拒む自信はない。   秘密をバラされる事が何より怖い。   柊二はそれが奴の一番の脅しネタなんだから、   俺がそれに動じないと分かれば、   実力行使に出てくる可能性は大だが。   それでこちらは刑事告訴に踏み切る事も可能だ   と言った。   ”名誉毀損罪 ”    公然と事実を摘示し、   人の名誉を毀損した場合に成立する   (刑法230条1項)。   法定刑は3年以下の懲役若しくは禁錮または   50万円以下の罰金。   尚、本罪の行為は人の名誉を公然と   事実を摘示して毀損すること。   「公然」とは、不特定または多数の者が   認識し得る状態をいう。   実際に認識したことを要しない。   また、特定かつ少数に対する摘示であっても、   それらの者がしゃべって伝播していく可能性が   予見でき、伝播される事を期待して該当行為を   行えば名誉毀損罪は成立する。   (伝播性の理論)    ※ ウィキペディアより引用。   それには俺も自分の性癖が周囲に露呈し、かなり   嫌な思いをする事になるが。   仮にその事実がマスコミまで広まっても、   世論はきっと医師である俺の味方に付くだろうし、   写真は迫田が悪意を持って捏造した物だと   主張しろと言われた。 「多少の方便も時にはひつようだよな? 兄貴」 「あぁ、まったくだ」 ***  ***  ***                  2016.10月   迫田との連絡を一切断って、早や1ヶ月。   相変わらずコールとメールは1日に数え切れない程   着信するけど。   大吾先生からの指示通り、   スマホは新しくもう1台購入し   古い方は迫田からの着信専用とした。   名誉毀損罪だけでなくストーカー規制法での告訴も   視野に入れているからだ。   思い切ってカミングアウトして、   皆んなからの助けを借りられるようになってから、   びっくりするほど肩の荷が下りた。   コレを機に実家からも独立する事にし、   新しい住居探しは不動産業も営む国枝家の   和志さんに頼んだ。   その新しい住居が決まるまで柊二・大吾先生・   あつし、3人の家で交互にお世話になっている。   それらの家に時々無言電話がかかってくる   ようになり、何日か後、遂に迫田が現れた。   病院の通用口。   迫田は俺の傍にぴったり寄り添うあつしへ   嫉妬めいた視線を注ぐ。 「おぉ、治じゃん。久しぶりだなぁ。何か用か?」 「……倫太朗に、話しがあんだけど」   2人の目が俺に向く。 「……お……俺には、ない」   一瞬にして、迫田の表情が変わった。   気のせいか、どす黒いオーラまで見えるようだ。 「だとよ。わりぃーな」   あつしが俺を促して歩き出す。 「……写真、バラまいてもいいのか?」 「好きにしていい」 「脅しじゃねぇぞっ!」   今まで優位に立ってきた迫田が初めて動揺を見せた。   あつしが怒りを抑えた口調で言い返す。 「人を呪わば穴二つってコトバ知ってるよな?   8年前と同じネタで倫を貶めようとするなら、  今度はてめぇも道連れだ」 「……」 「言っとくけど、俺らの方が社会的地位と信用は  ずっと上だって事忘れんなよ」 「……」

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