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第30話

「―― さぁ、倫ちゃん、遠慮しないで  たっくさん食べてねぇ~。  今夜は倫ちゃんも一緒だっていうから小母さん、  久しぶりに大奮発しちゃったぁ」   というあつしのお母さん・英恵さんは、   根っからの下町っ子らしくお祭り騒ぎが大好きな   姉御肌の肝っ玉母さん。 「母ちゃんってば、昔っから桐沢先輩には  大甘だったもんなぁ」   ちょい呆れ顔の青年はあつしの弟・豪(つよし)   くん。   星蘭大経済学部の4年生で、来年はいよいよ国試 ――   公認会計士国家試験に挑む。 「あったりまえでしょ~う?   倫ちゃんはあんた達と違って  優しいし・頭もいいし・素直だし、母ちゃんがあと  30若かったら倫ちゃんに告ってたわね」 「うぅ~っ、やめてよ気持ちわるぅ……見境なくしたら  人生オワリだよ、母ちゃん」   と、可愛い顔の割には辛辣な女の子はあつしらの   妹・ルナちゃん。   4月から杜の宮の高等部へ進学する。   国枝家は代々由緒正しい香具師の家柄で、   一昨年あつしの爺ちゃんから家督を譲り受け   10代目を襲名したのが英恵さんの弟・和志さん。   ”鬼神の和志”の異名を持ち、   質の悪い地上げの嵐が吹き荒れた、   バブル経済の全盛期、   立場の弱い地主達の代表となって、   正攻法でヤクザな地上げ屋を追い払った強者。   そんな和志さんが若衆さん達と仕事から帰ってきて、   続き、柊二も学会のあった大阪から直接この家に   来て、急遽、晩ごはんの席は国枝家の大宴会へと   変貌した。  ***  ***  ***   手うちわで顔を扇ぎながらベンチに座り、   酔いが醒めるのを待つ。   うぅ……っ、今夜はちょっと飲み過ぎたかも……。   この家は吾妻橋東詰に程近い隅田川沿いに   建っているので、   7月の第*日曜に開催される恒例の花火大会は、   この屋上からゆっくり見物する事が出来る。   川沿いの夜風は薄手のシャツ1枚だけでは、   まだ少し肌寒い。   けれども、酔って火照った体にはそれも丁度良くて、   結構気持ちがイイ。      見上げる夜空には満天の星。   うわぁ~~っ、凄い。   町中でこんなキレイな物見たの、久しぶりだ。   そんな事をボケーっと考えながら、夜空を見上げ   長居していたせいか?   体は意外に冷えてしまった。   ヒュルルル ――――   吹き抜けていく風に思わず体を縮こまらせ、   ”クシュン!”くしゃみも出た。   ヤバ、そろそろ戻らなきゃ……   すると、ドンピシャのタイミングで誰かが後ろから   俺の肩にカーディガンを羽織らせてくれた。    ”? ”と振り向けばその誰かは ―― 「―― 周りに遮蔽物がないからここからの眺めも  なかなかのもんだな」   そう言いながら、柊二が隣りに座った。   うわっ、どうしよ……こんな唐突に登場されても   何をネタに話したらいいか、全く分からない。   けど意外にも柊二は特に何を話すでもなく。   俺と同じように、目の前に広がる下町の夜景を   黙って見渡していた。   以降、俺達2人は終始無言。   沈黙は好きじゃないけど、   こんな夜は静けさがとても心地良い。   柊二もそんな俺の気持ちを察してか、   黙ったままで座っている……と、思ったら。    ”トン”と、俺の肩口に軽い振動が伝わった。   見ると、柊二は俺の肩にもたれて気持ちよさそうに   眠っている。   そう言えば、一昨日からほとんど休みなしで、   フル稼働していたらしい。   本当なら、今日の学会でそのまま大阪へ泊まる予定が、   あつしからの”迫田出現”の連絡を受け、   飛行機で帰って来たんだそう。   飛行機じゃあロクに眠れなかったろうなぁ……   すぐに起こしてしまうのも可哀想だなぁと   仏心を出して。   しばし、その規則的な寝息に耳を傾ける。   サラサラの髪 ――    いつもはオールバックにしていて、   何だかちょっとおっさん臭い。   でも、こうして今みたく前髪を下げていると2~3才は   若返って見えるし。   幼い感じもして、可愛らしい。   階下の部屋で”ボ~ン ボ~ン ――”と   柱時計が時を告げる。   そろそろ戻ろうか? …… 柊二の様子を探る。   するとその時、柊二が”ウ~ン……”と少し身じろぎした   拍子に彼の頭が俺の肩口からズレて、ストンと俺の   膝の上へ ――   そのまま滑ってしまいそうだったので、慌てて俺は   柊二の体を引き寄せ、支えた。   自然と俺は柊二に膝枕している恰好に。    ”直立二足歩行するグリズリー”というより、   俺にとっては……ターザン、かな?   そう! 密林の王者・ターザンの方がしっくりくる。   頭の中ではそんな妄想が展開されていて、   ついつい、1人でニヤけていると ―― 「―― なぁに、1人でニヤけてる?」    えっ?! 柊二、起きてた……。 「お、起きてたなら、さっさとどいて下さい、  重いです」 「嫌だ。もう少し堪能していたい。倫の膝枕」   カァァァーーッと、頭に血が昇って、   勢い良く立ち上がったら、柊二もズドン!と   下へ落としてしまった。 「いっ ―― てぇ~~っ! 何すんだよ?!」    ”あー、ごめんなさい”   と、またも慌てて助け起こした俺を、   今度は逆に柊二が抱き寄せた。 「しゅ、しゅじ ―― ?!」

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