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第38話

  あの後は何をしていても、   派遣要請の事が頭の中にチラついて   仕事に集中出来なかった。   今日は定時より少し早く上がらせてもらい、   帰って1人で考えてみる事にする。   ま、どう考えたところで要請自体は断れないの   だから、結論は見えてるのだけど。   2年、という期間は短いようで長くも感じる。   パーティーで匡煌さんから、あんな牽制球を   ぶつけられてる今。   これは自分にとっての大きな転機にもなるような   気がしていた。   情に流されてるだけじゃ駄目だ。   きちんと考えなきゃ。 『―― 桐沢くん?』   通用口から出て、しばらく歩いたところで   声をかけられた。   この声は ――   振り返ると ――    案の定、匡煌さんが立っていた。 「今日は早退? 何処か体の具合でも悪いのかな?」 「いえ、そんなんじゃありません。お気遣いありがとう  ございます」 「そ、なら良かった……じゃあ、ちょっとその辺で  お茶でもしようか。キミに話しがある」   俺は彼に促されるまま、駅前のカフェに入った。   わざわざ目上の彼がセルフサービスのカウンターで   俺の分まで飲み物を買ってきてくれた。    (こういった時の気遣いはホント、兄弟そっくりだ)   俺が恐縮しきりでその代金を払おうとすると。 「これ位は奢らせてくれ、年上の見栄だから」   と、言われた。 「ごちそうになります……で、お話しというのは、  何でしょう」 「……先日のパーティーで柊二の結婚が近い  といったが、あいつの見合い相手は神宮寺剣造氏の  ご令嬢なんだ」   やっぱりか。   だから、あのパーティーでも一緒だったんだ。 「私はもちろん、両親や親族一同も大いに  乗り気でね……」   俺はひざ上の手をギュッと握りしめた。 「こんな話しをわざわざキミにする理由が分かるか?」   心臓が大きく脈を打つ。 「……この良縁を成立させる為には、平民の男に  現を抜かしている場合ではないし、余計な問題を  増やしたくない、という事ですね?」   匡煌さんは満足気に微笑んだ。 「その通りだよ」   俺はこれ以上、柊二に深入りするべきでは   ないと思った。 「しかし、肝心の柊二は全く無関心でな、結婚が命令だ  と言うなら従うが、子作りをする気も、入籍後  同居する気もないと言うんだ。だが、あいつも  各務家の人間である以上そんなわがまま許す訳には  いかん。それは理解してくれるか?」 「はい……」 「キミが物分りのいい人で助かったよ」 「……あの、もう、失礼してよろしいですか?」 「あぁ、引き止めて悪かったね」   席を立ち、匡煌さんに一礼して、   足早に店から出た。  ***  ***   何処でもいい、とにかくここから   なるべく遠くに行きたくて。   俺は闇雲に歩いた。   あてもなく、彷徨い歩いて ――   最後に辿り着いたのは、   柊二と初めて出逢った公園。   奇しくも今日はあの夜と同じ満月だ。   まだ、夕暮れ前の空に薄っすら見える満月は   半透明で、どことなく儚げに見える。   今日の匡煌さん、俺と2人だったからか。      ど直球で、俺に身を引けと、   柊二から離れろと、言ってきた。   別れを切り出すのか?    せっかく2人の生活を始めたばかりなのに。   そんな事、俺に出来る?   柊二に別れを告げる、だなんて……。   俺は陰々とした気持ちのまま、   マンションへ向かった。

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