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第37話
それは、桜の蕾もやっと膨らみ始めた春先の事。
『―― 各務くんに桐沢くん、後で話しがある、
すまんがここが終わったら私の所へも寄ってくれ』
朝、入院病棟の申し送りが始まる前に佐伯院長から
いかにも面倒臭そうな呼び出しを言いつけられて
しまった。
とりあえず、大ボスからの言いつけなので、
素直に院長室へ向かうと、彼は接客中との事で、
秘書の橘さんにそのまま少々お待ち下さいと
言われた。
「―― 何だよ、俺と倫だけか? 倫はともかく
俺は問題になるような事した覚えはないんだがなぁ」
「部長、それ、かなり失礼だと思います」
最近は俺だって、至って大人しく真面目に
仕事していたし、
院長直々に呼び出しを食らうようなポカも
していない……と、思う。
きっと、ロクな用件じゃないな。
面倒な学会に出席しろ、とか。
殺人的な勤務に回される、とか。
強制お見合い、とか。
大方、こんなもんか。
しいて言えば、統括部長の大吾先生と、
なりたて産科医の俺が何故一緒に呼び出しを
受けたのか? が引っかかった。
この時の俺は自分の考えがいかに甘く、
安易なものだったかを知る由もなかった。
それから数分後 ――
『―― 実はな各務くん、昨年の左心室形成術が
評価されてキミにニューヨークのプレスビテリアン
病院から派遣要請があった』
「えーっ、すっげぇ!! NYって言うとアメリカの、
ですか?」
あまりに突然の話しだったので、ついピント外れの
質問をしてしまう俺。
「あぁ、他の国にもNYがなければな」
しかも、プレスビテリアンといったら、
各診療科の全米ベストホスピタルランキングで
毎年上位にランクインしている優良施設だ。
今回部長が派遣要請を受けたのは、
コロンビア大学のもので。
場所はNY・ハーレムにある。
「サポートに就いた医師として桐沢くんも一緒だ。
期間は2年。先方はなるべく急いでと言っている
ので、バタバタとして悪いが、とりあえず1人でも
先にNYへ飛んでもらいたい。以上だ」
あの難しいオペを成功させた執刀チームとして、
断れない辞令が下された。
院長の部屋を後にして、病棟へ戻る道すがら
部長が言った「俺が先に行く」
「えっ、でも俺の方が何かと身軽じゃ ――」
そう、部長は妻子ある身。
「片付けなきゃいけない問題の比重からいえば
お前の方がずっと厄介だっての」
そう言われて、俺はハッとした。
柊二との事か……
「あのぉ、しゅ ―― 柊二にはこの事」
「黙ってるし、院長にも口止めしておく。もし、
あいつが知れば、こっちの仕事を放り出し
かねないからな」
「お願いします」
一難去ってまた一難……
頭痛のタネがまた増えてしまった。
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