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第1話
「社長、この後のご予定ですがーー」
廊下に響く高級な革靴の足音と、社員が小声であげる黄色い声。
私の前を歩くこの男こそ、28歳という若さで社長になった椎名裕一だ。
やり手なだけでなく顔も整っていることから、世の中では【爽やか皇子】だなんて騒がれている。
「分かった。すぐに書類へ目を通すから、次の予定までの2時間……君もこのまま社長室に来い」
「承知いたしました」
しかし、その称号はただの表向きのものでしかない。
ーーガチャン。
「んっーー」
扉が閉まるのと同時に降り注がれるキスの嵐。
私の口内で激しく絡み合う舌の動きに、自然と息が上がってしまう。
「はぁっ、はっ……」
銀の糸を引きながら離れていく唇。目の前には、腰が抜け床に座り込みそうになった私の腰を優しく抱きながらも、ギラギラとした目で見つめる椎名社長がいた。
「しゃ……ちょ」
「ふたりきりの時は、社長じゃなくて名前で呼ぶ約束だろ、弥」
「裕一……さん」
「うん、上出来だ」
秘書としても恋人としてもーーという言葉を付け足し、先ほどとは違う甘くて優しいキスをされる。
しかし、その【秘書】という言葉で私は現実に戻される。
(書類……片付けてもらわなくては)
仕事モードに切り替えるため唇を離そうと彼の襟を掴むが、力が入らないことから自ら甘えて擦り寄っていると勘違いされてしまう。
「せっかちだね、君は」
そう言って裕一さんは、軽々と私を横抱きしデスクへと運ぶ。
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