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「お前、格好いいね。うん。僕の理想かも」 「………はい?」 「お前、今日から僕の旦那様ね。当然だけど僕がお嫁さん」 「……………………………は?」 「異論はないよね?僕は美しいからお嫁さんにピッタリでしょ」     ブラックコーヒーとライラック  ため息を吐くしかなかった。  空は青空で雲一つないというのに、俺の心はどんよりと今にも雨が降りそうなほど重く、それにまったく喜ばしくない。 「……あの、芳晴さん?」 「ん?」  目の前のソファに腰かける、ハニーブラウンの癖の強い髪を軽く結った美女……見た目はとてつもなくきれいだけど、中身はれっきとした男性。口調も男、でも姿は限りなく女性のそれに近い。着る服も女性もの。下着は――――置いといて、とにかく、三日ほど前に俺に旦那になれと強要して、このわけのわからない高そうなマンションに連れてこられた。 「朔?どうした?」 「―――いや、どうしたっていうか、今まさに俺がどうしてここにって感じなんですけど」 「え?その話まだ続ける?諦めなよ。僕は朔を気に入ってるし、離すつもりもないから」 離してくれ、切実に!なんて言えるわけもなく、約三日、ここで過ごしているわけだけれど、とにかく、芳晴さんの行動力は怖い。俺が住んでいたアパートの解約手続きは済まされているし…。バイト先にもやめるという連絡が入っていた。そもそも三日前に初めて会ったはずなのにどうしてそこら辺の行動が速いんだとすこし……いやだいぶ怖い。むしろ怖さしか感じない。しかもこの人、自分に自信しかない。  確かにきれいなんだけど。 「どうした?そんなに見つめられたら興奮しちゃうな」 「見てないです。まったくもってみてないんで興奮しないでもらっていいですか。おもむろに服脱ごうとしないで下さい」  きれいな女の人にしか見えないから、黙っていると本当に人形のようだ。でも、黙っていることがあまりない。もったいないとはちょっとだけ思う。 ここ三日間で分かったことは、ロングスカートもミニスカートも似合う美脚の持ち主だという事と、本当に黙っていれば大抵の人間は騙せるという事。あと、本人は似あうから女装をしているだけであって、別に女の人のような口調ではないという事。 「僕が脱ぐのは朔の前だけだよ」 「―――いや、その言葉にときめくことは無いですからっていうか、本当に、本当に!この手錠外してもらっていいですか?」  手首でじゃらりと不穏な音を立てる鉄製の拘束具。地味に本格的なものの所為か手首がこすれていたい。 「逃げないならいいよ」 「―――だから、逃げませんって!そもそも逃げ道失くしたの芳晴さんでしょ」 「そう?まぁ僕から逃げようなんて、賢い朔ならしないでしょ」 「……………………しません」 「何今の間。だめ―。外しません」  ソファからわずかに浮かせた腰を下ろして、芳晴さんがそっぽを向きながら足を組んだ。けどすぐに俺の方に向き直り、にやりと笑う。 「……朔」 「なん、なんですか」 「その怯えてる顔もそそるよね。やっぱり僕の目に狂いはないなぁ」 「あんた、ほんと最初から気持ち悪い……」  見た目は完ぺきにきれいなのに中身を開いたらこれだから、本当に残念で仕方がない。俺の心の曇り空はこの手錠を外さないと訪れそうにない。じゃらりと音を立てる手首に目を落としてため息を吐いた。

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