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「―――――お前は、僕が怖いのか?」 首を傾げる芳晴さんは、さも理解できませんといったふうにきょとんとしている。どんな育ち方をしたら平然と人を拉致って逃げるからと手錠をできるのか。怖いか怖くないかと聞かれればもちろん怖い。恐怖しかない。 それを、怖いのか?なんてよく聞ける。 「………おれ、ただの大学生ですよ。あんたが誰なのか知らないけど、平気でこんな事してるなら、人格が破綻してる」 これ!と手首を突き出して、芳晴さんをにらみつけた。  どれだけきれいでも、どれだけ周りがそれを許してきたとしても、俺は耐えられないし、とてもじゃないけどこのままここで暮らしていきたくない。三日間だけど、まだ三日しか経ってないけどとにかく、今のままじゃ無理だ。 正直、顔は好みだし、最初に見た時は見惚れたりもした。けど今は全く、全然、まるでその要素がない。大体「旦那様ね」って言っておきながら手首拘束とか言ってることが矛盾しすぎて意味が分からない。 「人格が破綻してるのは仕方ないよね。正直、僕だってこうなりたくてなったわけじゃないし。箱入りってさ、息苦しいでしょ?自分で何か趣味を見つけなくちゃいけないところで、そこに女物の服があったら着るよね」 「着ねぇよ‼」 着ねぇよさすがに!思わず芳晴さんの言葉に思いっきり突っ込みを入れてしまった。当の本人は「え?そう?」と言いながらきょとんとしている。この人はやっぱりちょっと凡人とは感覚がずれているらしい。いや、まぁそれもそうか。普通の思考回路なら女装はしない、と俺は思う。 「まぁとにかく、僕は閉じ込められてた部屋にあった女物の服を着たの。そしたら似合うし、楽だし軽いし。それに僕、男物の服ってあまり似合わないんだよね」 「……いや、そんだけ整った顔してたら大抵のものは似合うでしょ」 「まぁ、僕の美しさに見合う服がないって話なんだけど。男物じゃあ」 自慢かよ…。 なんだか話すのも疲れてきたなと、諦めたように突き出していた手を下げて、ソファに座りなおした。とりあえず、現状ここから出ることはできないし、芳晴さんはこの手錠を外す気がないという事なのだろう。 「うーん、それにしても、どうしてそんなに警戒するかなぁ。お前が暴れるから手錠をかけただけだよ?逃げられたら僕はとても困るし」 顎に手を当てながら芳晴さんが首を傾げる。心底理解できませんといった表情にもはやため息も出ない。ここまで話がかみ合わない人に出会ったのは人生で初めてだ。 「だから、逃げませんって。っていうかもう逃げるのもあほらしいっていうか……」 「そう?じゃあ外してあげるけど、逃げたら今度は歩けなくするからね」 ぞっとするほどきれいな微笑みに、無言で何回も頷いた。     ★  とりあえず、手錠でずった手首には包帯がまかれて、両手は解放された。思わず凝っていた肩を回して、背伸びをする。その間も芳晴さんは優雅に紅茶を飲んでいた。 「あんたさ、」 「ん?」 「そんなに自分勝手な性格してて、今までどうやって生きてきたんすか?」 「―――――――えぇ?どうやってって?」  紅茶の器をテーブルに置いて、背伸びをしていた俺を見上げながら芳晴さんが困ったような顔をした。あ、困ってても本当に絵になる人だな。いい加減腹が立ってきた。 「あんたが自炊できるような人には見えない」 「あぁ!なるほど。そういう話」 そうかそうかと立ち上がり、芳晴さんがにっこりと笑う。 「お前、僕が嫁だって言ったでしょ?家事くらいこなせるよ?僕って天才だからね」 「一々一言多いな」 「ちなみにお菓子作りも得意だよ」 「芳晴さんの弱点は?」 意気揚々とキッチンに向かう芳晴さんの背中にそう問いかけると、ぴたりと足を止め、こちらを振り向くことなく「なんで?」と呟く。

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