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 そういって、芳晴さんを見ると、ボロリとそのきれいな瞳から雫が音もなくこぼれた。パタパタと零れ落ちる涙に俺は焦って着ていた服の袖で芳晴さんの涙をぬぐう。 「ちょ、なん、泣いて」 「わか、んない。なんか、…………嬉しくて」  朔、と震える声音で呼ばれる。なんですかと涙をぬぐいながら答えると、「僕のものになって」とひどく真剣な声が返ってきて、動きが止まった。 「―――――僕と、一緒に生きて」 「…………所有印?」 「……うん。僕と一緒に生きて、僕と一緒に死んでほしい」 「熱烈なプロポーズですね」 「今すぐ僕のものにしたいから」  まだあふれる涙に濡れたまつげが揺れて、ドキッとした。本当に一挙一動が絵になる人で、こっちが息をするのを忘れてしまう。 「お願い。朔。僕の為に、人を捨てて」 「――――――――――――――――――――芳晴、さん」 「………お願い」  人を捨てる、芳晴さんの為に?それは、どういう意味だろう。俺にもしたいことがある。大学も卒業したいし、生きていくためには働かないといけない。 でも、芳晴さんを見ていると眩暈がする。傍に居たいし、離れたいとも思わない。芳晴さんが一緒に死んでというならおそらく、命も捨てられる。そんな予感がする。 「俺は、人間じゃなくなるんですか」 「うん、年は取りにくくなるよ。僕の方に寿命を合わせて、長く一緒にいるために。でも、今まで通り暮らしていける。勉強もできるし、働けるし、変な力がついたりはしないよ」 「芳晴さんは、俺と一緒に居てくれるんですか?」 「当然でしょ。僕の旦那様は朔しかいないよ。朔以外は要らないし、生まれ変わっても、僕が朔を見つける」 眩暈がするほど熱烈だ。さっきから芳晴さんに酔ってしないそうでかなわない。芳晴さんなら何でも許してしまいそうになる。 「………朔」 「俺も、芳晴さんがいれば、いいですよ」  間違いなく、惹かれている。  どう足掻いたって、近いうちに欲しくなる。そう思った。後悔はしない。だって、後悔するならとっくにここから出て行ってる。 「朔」 繰り返し呼ばれる名前が自分の中に溶けていくような錯覚に陥って、息が苦しい。また抱き寄せられて、首筋に一度口づけられた。そのままぬるりとした感触に一瞬変な声が漏れて、顔が熱くなる。 ソファに横倒しにされて、着ていたシャツの裾からまくり上げられた。芳晴さんの名前を呼ぶと、ここ、とへそのあたりを舐める。 「っ、ひ、ぁ」 「ここに、刻ませて」 そう言った瞬間、腹に埋まる芳晴さんの髪が根元から銀髪に変わっていく。素直にきれいだなと思った。キラキラと光を放つような銀髪は、元々綺麗な芳晴さんを余計に人とかけ離れさせている。 「朔」 「なめ、」 「朔」 顔をあげて、芳晴さんの手が、俺の手に触れて、そのまま指を絡める。絡まった指を見つめて、満足そうに微笑むと、またへそに唇を寄せた。一瞬の熱さが走って、背筋がゾワリと浮きだつ感覚に絡めた指をぎゅっと握った。 「ん、」 「朔」 熱さがひいて、芳晴さんが顔をあげるともういつもの髪の色に戻っていて、ほっと息を吐く。確かに銀色でもきれいだけど、いつもの芳晴さんが一番いい。 「その髪の方が、いいですよ」  手をぎゅっと握り返して、芳晴さんがうん、と頷く。頷いて、俺の手を口元までもっていくと手の甲に一度口づけた。 「…………王子様みたいですよ、それ」 「ふふ、朔専用の王子様でも構わないよ?」 「はは、綺麗なのにかっこいい」  そういって笑うと、芳晴さんが俺の名前を呼びながら体を起こした。 「僕、朔の名前呼ぶの大好きだよ」 そういって、乱れた髪を耳にかけて、でも、と言葉をつづける。 「僕の名前を呼んでくれる朔の声が、もっと好き。っていうか朔が好き。大好き」 「………急に、どうしたんですか…」 「照れてる朔もかわいい」  いや、本当に、急に連呼されたら誰でも照れるでしょうに。俺の右手と、芳晴さんの左手はまだ指を絡めたままで、無意識に握ると、ゆるく握り返してくる。うん。なんか、安心する。 「朔?」 「俺も、芳晴さんに名前呼ばれるの、好きですよ。安心しますし、なんか、自分の名前が好きになれそうな気がします」 でもとりあえず照れるん、急に全面で好意表現するのやめてもらえます?そう言えば、おかしそうに笑う。 「ねぇ、朔。僕が暗闇が嫌いだって言ったの、覚えてる?」 「? はい」 「真っ暗になると、自分の手も見えなくなる。目が慣れれば見えるけど、でもやっぱり、僕にはあの空間が怖いんだ。夜が怖くて、ずっと眠れなかった。それに僕、ずっと暮らしていた小屋には明かりがなくてね、いつも暗かったんだ。暗くて、狭くて、寒いし、さみしいし、暗いところも、狭いところも好きじゃない」  でもね、と繋がった手をきゅっと握る。 「朔が同じ部屋にいるって思うと、眠れたんだ。どれだけ暗くても、眠れるんだから不思議だよね。……………僕は、朔を手放す気がない。それに、………………………朔がいると、僕も生きていたいって、思えるようになった。もう、人は殺さないよ。約束する。朔がだめっていう事は、しないから、だから、僕を捨てないでね」  この人は、一体何が不安なんだろうかと、思った。俺がまだ、ここから出ていくと思っているのだろうか。でも、少しだけわかる気がする。俺も、俺とはまるで違う芳晴さんがいつか俺を見限っていなくなってしまったらどうすればいいのかわからないから。 「芳晴さん」 「うん?」 「俺、芳晴さんが芳晴さんであるかぎり、離れたりなんてしませんよ?それにもう、俺はあなたのものなんじゃないんですか?」  そう言うと、芳晴さんがはっと息をのんで、押し倒すような勢いで俺に抱き着いた。 「うん。朔。そうだよ。朔はもう、僕のものだから、僕の、」 「はい」 「ずっと、一緒に居てね。朔」 涙に濡れた瞳でにこりと笑う芳晴さんに、俺も視界が滲んでしまう。額をコツリと合わせて微笑みながら返事をした。 「―――――はい、ずっと」           ブラックコーヒーとライラック                         ―了―

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