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話がいよいよややこしくなってきて、首を傾げる。芳晴さんは笑いながら、簡単な事だよと言うけれど、俺には難しい。全部が自分とはまるで接点のないような話ばかりだ。
「芳晴さんは、人間が嫌いですか?」
「――――――――僕にとって人間は「邪魔なら殺せばいい存在」でしかなかったんだよ。親を殺して、僕はあの場所から逃げた。その先で出会ったのがお前だったんだ、朔」
朔に出会わなければ、僕は今でも人間をゴミの様に思っていたよ。芳晴さんの手が俺の頬に伸びて、優しくなでる。愛おしむ様に目を細めながら撫でると、好きだよと呟いた。
「……………俺が何も覚えてなくてもいいって言ってましたけど、芳晴さんは、俺をずっと覚えていたんですか?」
五歳ほどの時だと言っていた。幼いころの記憶はもうない。大人になっても小さなころのことを鮮明に覚えてる人はどれくらいいるのだろうか。
「……覚えてるよ。朔が、僕の目を見て夕焼けみたいできれいだって言ってくれたんだもん。僕はそれがすごくうれしかった。いつもは着飾って座ってる僕を見て、お人形さんみたいだとか、物のように見てくる人間たちばかりだったけど、朔だけが、僕を僕としてみてくれた」
「………………そう、だったんですか」
そうか、俺が、芳晴さんを見つけたのかと、握っていたペンをぎゅっとさらに強く握った。
俺が、芳晴さんを見つけて、芳晴さんは俺を覚えていて、それで迎えに来たのか。
「僕は、朔に会いたかった。だから、色々覚えたよ。料理も、言葉も、読み書きも、朔をいつ迎えてもいいように、朔が、僕を好きになってくれるように」
頬を撫でていた芳晴さんの手が耳をなぞって、そのままうなじまで伝うと、ぐっと引き寄せられた。
「わっ」
バランスを崩して傾いた体から、メモ帳が落ちる。
「朔、僕は、お前がいないと生きていけないんだよ」
まるで呪いのような言葉だなと思った。離す気なんてさらさらないんだと、そう言っているような、確かな口調で芳晴さんが告げる。
「僕を僕として見てくれたのは朔だけだ。人形でもない、皇でもない、鬼でもない、ただの僕として見てくれるのは、朔だけ」
ぎゅっと抱きしめて、芳晴さんの手が、腕が背中に回る。
「……………俺、ニンジンが嫌いなんです」
ぽつりと呟くと、芳晴さんが体を離しながら首を傾げた。
「ニンジン…?」
「野菜でも、ニンジンが嫌いなんです。これから料理するとき、入れないでくださいね?」
「……うん」
「家事も、ちょっと分担しましょう。俺は大学生ですけど、バイトもしてお金貯めたいですし」
「…うん」
「だから、約束、しませんか」
小指を差し出すと、芳晴さんが不思議そうにそれをじっと見つめた。指切りですよと教えると、そうなんだ、と嬉しそうに小指を絡める。
「………、いましょうね。一緒に」
できるなら、ずっと。
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