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第72話<獅子尾目線>

<獅子尾目線> 長かった夏季休暇も終わり、明後日にはこの別荘を離れる。 佳純と短い期間だったが、まさか同じ屋根の下で暮らすことになろうとは……。 思い返せば、佳純と結構触れ合ったような気がする。 あの海で佳純の柔肌に触れた時は、色んな意味でヤバかった。 そう、色んな意味で。 「……む!望!」 「……高村か。どうした」 「どうした、じゃないでしょう。早く掃除しろ」 渡された雑巾とバケツ。 俺に振られたのは二階の廊下掃除らしい。 二階に上り、廊下がけを始めると、少しだけ扉の開いた部屋があった。 (佳純の部屋……) 細く空いた扉の隙間から、ちらりと覗く……いや!覗いたんじゃない!!見えた!!そう、見えたんだ。 開け放たれた窓からは涼しい風が吹き込み、薄いブルーのカーテンがなびいている。 どこかで摘んできたのか、小さな白い花が窓辺に飾られている。 俺は誘われるようにふらりと佳純の部屋に入ってしまう。 小さくて可愛い花。 「佳純みたいだな」 部屋の中は、佳純の匂いでいっぱい……なような気がする。 実際にそんな香りがある訳では無いけど、ここに佳純がいたって思うと、ふんわり香っているような気がする。 きちんと畳まれた布団を撫でる。 (ここで佳純が寝てたんだよな) 少しだけなら……。 俺は布団にゆっくりと顔を埋め、すーっと息を吸った。 さわやかな香りがしたような、気がする。 (俺は……一体何やってんだ……) 正気に戻った俺は、頭をあげると、ドアの隙間から高村が感情のない瞳で俺を見ていた。 ―――― 俺は高村から冷たい目で「玄関掃除してきてください」と箒とちりとりを渡された。 大人しく玄関掃除をしていると、ぽつぽつと雨が降ってきた。 玄関を開けて、外を見ると真っ黒な雲が広がり、どこかで雷が鳴っているが、遠くの方は青い空が見えている。 (通り雨か) そう思った瞬間、ドーンと大きな音がし、パチッと電気が消えた。 落雷でブレーカーが飛んだらしい。 「望、ブレーカーが飛んだみたいですよ」と高村がリビングから出てきた。玄関のすぐ上にあるブレーカーを上げる。 「そういえば、外の物置のブレーカーは別電源でしたっけ。あそこは大丈夫でしょうか」 物置は別のブレーカーがあるから、あそこも見てこなくてはいけない。 「見てくる」 俺は物置の方へ急ぐと、「あ、ちょっと今は……」と高村が何か言いかけたが、そのまま気にせず倉庫へ向かった。 庭の隅にある倉庫にたどり着くと、外に取り付けられたブレーカーを上げ、中を確認するため、扉を開けた。 いくつかぶら下がった裸電球が心もとない感じに灯り、その灯りの下で抱き合う男達が目に飛び込んできた。 驚いたように目をまん丸に見開き、こちらを見る佳純と後ろから抱きつくようにしている男。 確かこいつは、ウエディングプランナーの手塚と言ったか……。何でこいつが佳純に抱きついてるんだ? ふつふつとした怒りをこめ、がんを飛ばしながら、「お前、何やってるんだ……?」と語気を強めながら言った。 「あ、あの、望さん……違うんですっ!これは……」 佳純はあたふたとしているが、手塚はとくに慌てることも無く、じっとこちらを見ている。 「何も違いませんよ、社長。今、俺、佳純くんに告白してたんです」 「……何だと?」 「佳純くんのことが好きだって。……もしかして、社長は佳純くんと付き合ってるんですか?」 挑発するように、佳純の頬に顔を寄せ、目を細めている。 こいつ……俺の佳純に……と思ったが、まだ俺のものじゃなかったと思い直す。 「付き合ってはいない。だが、俺も佳純が好きだ」 そう言い返すと、佳純は頬を赤らめながら、俺の方を見つめている。 何だ、その顔、めちゃくちゃ可愛いな。 「望さん……」 「じゃあ、まだ付き合ってはいないってことですね。佳純くん、俺にもチャンスあるってことだよね?」 佳純を自分の方にくるりと向け、そう聞く手塚。 「例え、社長でも俺は佳純くんを渡したくない」 「あ、えっと……」 佳純が困っている。 俺は手塚から佳純を引き離し、「佳純は戻ってろ」と別荘に戻ってもらった。 「はい……」と眉毛を八の字にして、小走りに別荘に戻った。 手塚は佳純の後ろ姿を見送った後、俺の方を見据える。 「社長って、佳純くんのこと好きなんですね」 「あぁ、本人にも伝えている」 「本気なんですね」 当たり前だ。 こっちは佳純が小さい時から片思いしてるんだ。年季が入ってるんだぞ。 「でも、社長って、佳純くんの借金肩代わりしてるんですよね」 人の良さそうな顔が、少し歪んだような気がする。 何か知ってるのか、こいつ。 「……何で知ってるんだ」 「とある筋から聞きました。佳純くん、ヤクザが取り立てに来るくらい借金があって、困ってたんですよね?それを社長が助けてあげた。でも、それって善意ですか?」 笑っているけど、目が笑ってねぇ。 こいつ、何なんだ。 「社長が佳純くんを好きなのは本当なんだろうけど、借金を肩代わりする代わりに佳純くんを手に入れようとしてるんじゃないですか?佳純くん、優しいから、社長が迫れば断れないと思うんですけど」 ニヤリと笑う手塚は、俺を追い詰めるように、ゆっくりと語りかける。 「でも、それって本当の愛じゃない。俺は佳純くんを愛してる。お金で引き換えるなんてことはしない」 俺はここまで黙って聞くと、短く息を吐き、口を開いた。

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