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第1話
花が好きで、大学でも植物について学んだ。
卒業後は、実家の花屋を手伝って、後々は継ぐつもりだった。
悲劇というものは、突然訪れるものだ。
それは僕も例外ではない。
猫島 佳純 、23歳。
一ヶ月前の四月、両親を事故で亡くし、500万円の借金を抱えた。
「……はぁ、どうしよ」
僕は日に日にひどくなる督促状を見つめながら、ため息をついた。
最近では、取り立て屋みたいなのも来る。
貯金もほとんど残ってないし、保険金も借金返済に当てたり、両親の葬儀などで使ってしまった。
残ったものは住居兼花屋である『フラワーショップ猫島』と残りの借金500万円だ。
この500万円が、僕の首を絞めるのだ。
「いっそ……」
いっそ、本当に首でもくくってやろうか。
精神的に追い詰められると、そういうところに逃げ場を作りたくなる。
……そんな根性もないけど。
カランカランと店のドアのベルが鳴った。
僕はぱっと入口を見て、入ってきたお客様に「いらっしゃいませ!」と挨拶をする。
すらりとした背丈に、高そうなスーツを身に纏ったお客さん。
ノンフレームの眼鏡をかけた瞳はどこかひんやりとしているが、口調は丁寧。
きっと仕事もバリバリこなしているのだろう。
名前は、高村 さん。
「高村さん、これからお仕事ですか?」
高村さんは、にこりと笑って頷いた。
「ええ、これから本社に向かうんです」
「そうなんですか。本社があるなんて、大きな会社なんですね」
「いえいえ。まだまだ小さな会社ですので、もっと頑張らないといけません」
高村さんは、1ヶ月ほど前、両親が亡くなった後くらいから、ほぼ毎日のように来てくれているお客様だ。
花束であったり、一輪だけ買っていくこともある。
「あまり無理しないでくださいね?今日は何かお探しですか?」
「ええ、社長室に飾る花を探しています」
僕は適当に花を持ってきて、高村さんに見せた。
「今の季節、トルコキキョウが咲き始めているので選んでみました。社長さんは男性の方でしたよね?」
「覚えていてくれたんですね。ええ、男性です」
男性だったら、ピンクとかよりも白や紫などでもいいかもと思った。
花弁が白と紫のトルコキキョウを選んだ。
「予算はどれくらいでしょうか?」
「言い値で買いますよ?」
高村さんは、笑いながら言ったので、僕も「じゃあ、たくさんお花を入れちゃいますよ?」と冗談で返した。
「あなたが生けてくれたものなら、きっとどんなものでも喜びますよ」
「え?」
高村さんは小さな声で何か言っていたが、ちゃんと聞き取れなかった。
「いつも通り、おまかせします」
予算はだいたい2000円に行くか行かないかくらいで収めた。
代金を受け取り、花束を渡す。
「それから、いつもの」
いつも高村さんは追加で赤いバラを一輪だけ買う。
僕は一輪のバラをラッピングする。
きっと、このバラを渡される人は幸せだ。
こんなにかっこよくて、素敵な男性にバラを渡してもらえるだなんて、本当に幸せなことだと思う。
もし、僕が女の子なら、絶対恋に落ちる。
「それじゃあ」
「いつもありがとうございます。お気をつけて」
高村さんは軽く会釈し、店の外を出た。
店の外では、いつも黒塗りの車が停まっている。
高村さんは、後部座席に乗る。
初めて見たときは、高村さんが社長なんだと思っていたけど、話しているうちに違うことが分かった。
「私は平社員ですよ」なんて笑ってたけど、絶対上の方の人間だと思う。
多分、秘書とかそういう感じだ。
――――
「はい、買ってきましたよ」
車中、高村は隣に座る男に花束とバラを渡す。
「まったく……自分で行けばいいものを、私にばかり買いに行かせて。おかげで、私が佳純くんと仲良くなってますよ」
隣の男は、一瞬高村をギロリと睨むが、すぐに花束を愛おしいそうに見つめ、ため息をつく。
「佳純……」
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