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第2話

「うわ……」 夕方、買い物を済ませると、店の中がめちゃくちゃになっていた。 花はあちこち床にばらまかれているし、中には踏まれている物さえある。 生けるために入れていた水もこぼれて、床中水浸しである。 壁に貼った花のポスターや手書きした花の説明も破かれている。 冷蔵ショーケースは、電源から抜かれており、中の花は少し萎れているが、こっちは何とかなりそうだった。 けど、明日の営業は無理そうだ。 とにかく無事だった花だけでも、処置しなければ。 僕は冷蔵ショーケースの電源を入れて、萎れた花の処置をした。 それ以外の花で無事だったものは、一旦、店の奥にある僕の家に置いた。 花器は一旦雑巾で拭いて、外に置いた。 「佳純くん、大丈夫?」 「すごく大きな音がしてたけど……また、借金取り?」 近所のおばさんたちが、心配して声を掛けてくれた。 「大丈夫です!こちらこそ、心配かけてすみません……」 本当は大丈夫なんかじゃない。 けど、この人たちに言ったところで、何も解決にはならない。 「警察に言った方がいいんじゃないの?」 警察……被害届を出した方がいいだろうか……。 でも、被害届を出して、もっとひどい仕返しをされたら、どうしよう。 「うわぁ、こりゃすごいな」 後ろから男の声が聞こえた。 振り向くと、金髪に黒の革ジャン、耳と口にピアスをつけた青年が立っていた。 パッと見、ヤンキーに見える。 「小野(おの)くん……」 「佳純さん、これどうしたの?」 「えっと……」 取り立て屋に荒らされました。 とは、なかなか言いづらい。 「佳純さん、俺も手伝うわ。何したらいい?」 僕が言い淀んでいると、それ以上は何も聞かずに店の片付けをしてくれた。 小野 淳也(じゅんや)くん。 年齢は俺より2つ下の21歳で、フリーターで色んな仕事をしてるらしい。 二週間くらい前に、ふらりとやって来て、「良い店っすね。ここで働いてもいいっすか?」と突然言われた。 給料が払えないから無理だと話すと、「ボランティアでいいっす!花屋って一度やってみたかったんですよね~」と半ば強引にボランティアとして手伝ってくれるようになった。 チャラそうだし、ヤンキーっぽいなと思ったら、意外とちゃんと仕事をしてくれる。 力仕事はもちろん、接客も上手い。 笑った顔が人懐っこい感じで、特に女性客に人気だ。 ……人は見かけだけで判断しちゃいけないなと思った。 「ごめんね……こんなこと手伝ってもらって」 「いいっすよ。こんなの一人じゃ無理っしょ」 二人で片付けたため、すぐに終わった。 花のほとんどはダメになった。 ごみ袋に入れるとき、「ひどいことになって、ごめんね」と一輪一輪、心の中で謝った。 必死で生きていた命だから。 「小野くん、ご飯食べてく?」 「え、いいんすか!?あざーっす!!」 小野くんを家にあげた。 座布団を出して、座ってもらった。 今日はしょうが焼きと小松菜のお浸し。 それをちゃぶ台に出すと、小野くんは「いただきますっ!」と勢いよく食べてくれた。 あっという間に、完食してしまった。 「あー美味しかった!」 「お粗末様です」 「……佳純さん、マジで大丈夫なん?」 小野くんは急に真面目な顔をして、僕に聞いた。 「なかなか、借金払いきれなくて……」 「佳純さん」 小野くんは俺の隣に来て、僕の両手を取った。 「俺、佳純さんの用心棒になりましょうか?」 いつもの人懐っこい小野くんはそこにはいなくて、ギラギラとした視線が少し怖い。 「よ、用心棒って……」 僕が困っていると、「なーんちゃって!」とすぐに笑顔になった。 「冗談っすよ!冗談!佳純さん、すーぐ信じちゃうんだから」 「何だ……冗談か」 僕はほっとした。 さっきの小野くん、本当に怖かった。 堅気の人じゃないような……そんな怖さがあった。 「じゃ、俺、帰るんで。戸締まり、ちゃんとしといて下さいねー!」 「あ、おやすみなさい!今日はありがとう!」 小野くんはひらひらと手を振って、帰っていった。 ―――― 小野の革ジャンのポケットが震えた。 小野はスマホを取り出し、電話に出た。 「はーい。小野くんでございますけど」 ふざけた調子で出ると、電話相手から少し怒られる。 「そんな、怒んないでくださいよ、高村さん。……あー……結構ひどいことされてましたよ。店荒らされて……えー何で俺が怒られてんのぉ?俺が行った時には、荒らされてた後だったし……はい、あーはいはい、分かりましたよ。ちゃんと、お姫様はお守りするんで、大丈夫ですって伝えてください。それより、明日はお店休みですって。ほとんどの花がダメになったから、営業できないって」 今日の出来事を電話の相手、高村に伝える。 高村の近くにいるであろう社長が何か高村に言っている。 高村は電話でその言葉を小野に伝える。 「……は!?今から!?……結構な量っすよ?……トラック運転できるだろって……そりゃ、できるけど……じゃあ、もう一人誰か貸して!今日、俺働きづめで一晩運転できる自信ないって!……あ、池村!池村貸して!!あいつなら、トラック運転できるし!」 話をつけたところで、タクシーを拾って本社に向かう。 (うちの社長、人使い荒すぎだろ……。俺、まじで佳純さんの用心棒兼花屋の店員になろうかな……) ぼんやりと車窓の景色をみながら、考えた。 (それもアリだな……) この徹夜の仕事がうまく行けば、佳純が喜んでくれる。 小野は自分の頬が緩んでいるのを感じた。

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