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第3話
6時。
タイマーをかけたスマホが鳴る。
今日は休みだから、早く起きなくてもいいかな……と思ったけど、毎日の習慣で目が覚めてしまった。
ゆっくり、着替えをして、顔を洗って、朝ごはんを作る。
開店は9時からだけど、結婚式などの花を用意するときは、もっと早くから準備をする。
でも、昨日はあんなことがあったから、今日は休み。
花の仕入れをしたいけど、今月使えるお金がまだあっただろうか。
なかったら、食費や光熱費を削らなければ。
……しばらく、1日一食生活だろうか。
はぁ……と大きなため息をついて、店の中に入る。
僕は目を疑った。
嗅ぎなれた、花の匂い。
けど、昨日商品のほとんどがダメになってしまったから、こんなに強く花が香るはずがない。
それに、花器やバケツには切り花がたくさん生けられている。
水に濡れた花びらが朝日に光っている。
まるで、荒らされる前に戻ったようだ。
「どうして……?」
何がどうなっているのか、分からない。
僕は慌てて、店の入口を確かめる。
……閉めたはずの入口の鍵が開いていた。
僕は一瞬怖くなったけど、花が戻ってきてくれたことの方が嬉しかった。
これなら、何とか営業できる……!
誰のおかげが分からないけど、今の僕にはお金が必要だ。
それのためには、働かなければいけない。
心の中で、どこの誰か分からない人にたくさんお礼を言った。
8時半になって、小野くんが来てくれた。
「おっはようございまーす!……ふぁぁぁ」
来て早々、あくびをしており、少しおかしかった。
「おはよう。小野くん、もう手伝いに来てくれたの?」
「はい!佳純さんのためなら、小野淳也、朝早くても頑張りますよー」
「……なんだか眠そうだけど」
僕はくすくすと笑った。
よく見ると、小野くんの目の下にクマがある。
「徹夜でもしたの?」
「まぁ……ちょっと、ね」
たまに徹夜で麻雀をしているというのを聞いたことがあったので、それかな?
「ほどほどにね?……そうだ、見て!この花たち!!」
そうだ、この事を伝えなければ!
朝から本当に魔法みたいなことが起こったのだから。
「元通りっすね!」
「誰が、こんなことしてくれたんだろ……それに鍵も開いてて……」
「ま、まぁ、花があるなら良かったじゃないっすか!これで、営業できるっすね!」
「うん!」
開店準備を二人で済ませ、9時に開店した。
午前中、お客さんが何人か来て、花が売れていく。
やっぱり小野くん効果かな。
女のお客さんはほとんど花を買っていってくれている。
カランカランと入口のベルが鳴った。
「こんにちは」
高村さんだった。
相変わらず、仕立てのいいスーツが似合っているし、笑顔も綺麗だ。
お店にいるお客さんも見入ってしまっている。
「いらっしゃいませ!」
「……営業できたんですね」
「え?」
何で高村さんが知ってるんだろ……。
「小野くんから聞きました」
「え!?小野くんから??」
小野くんと知り合いなのだろうか。
僕は驚きを隠せず、思わず大きな声をあげてしまった。
「彼は私たちの会社で清掃員として働いていましてね。私ともよく話をしているんですよ」
「へぇ……そうだったんですか」
「だから、昨日のことも聞きました。大変でしたね」
「いえ……ご心配おかけしてすみません」
僕はぺこりと頭を下げる。
まさか、そんな繋がりがあるとは思わなかった。
「佳純さん、ごめんっ!高村さん、ここの常連だから、言っといた方がいいかな……って」
小野くんはしょぼんとしている。
「大丈夫だよ。ありがとう」
心配してくれたんだもんね。
怒ってないことが分かったのか、小野くんはニコニコと笑った。
いつもように花束とバラを一輪渡す。
「高村さん、いつもありがとうございます」
「いえ、ここで花を買うのが楽しみですから」
「バラは、誰かへのプレゼントですか?」
前々から気になっていた一輪のバラについて聞いてみた。
「うーん……プレゼントといえばプレゼントなのですが、私がプレゼントをしているわけではありません」
ん?どういうことだろう。
高村さんが恋人にあげてるものじゃないってこと?
「そう、なんですか」
僕は理解できなかったけど、返事だけした。
よくわかってない僕の顔を見て、高村さんは少し笑って、「そのうち、ちゃんと話しますね」と言った。
「それじゃあ、これで」
「あ、ありがとうございましたっ」
僕は頭を下げて見送った。
そして、いつもの黒塗りの車の後部座席に高村さんは乗った。
ちらりと、もう一人乗っているのが見えた。
もしかして、社長さん、かな?
――――
高村はいつも通り、隣の男に花束とバラを一輪渡す。
「そろそろ、あなたも観念して、佳純くんに会ったらどうですか?」
「…………佳純は、喜んでたか?」
「喜んでましたよ。……小野の報告によると閉めたはずの鍵が開いてたことに佳純くんが不審がってたみたいですけど」
男はピクリと反応する。
「……鍵をかけ忘れたということは、夜中、店の鍵が開いてたということか?」
「まぁ、そうなりますね。小野がかけ忘れたんでしょう」
「……誰かが、侵入して佳純を襲ったら、どうするつもりだ……?」
おや、と高村は男が静かに怒っていることに勘づいた。
「……セキュリティ会社に言って、店の入口にカメラとセンサー付けろ。佳純のいない間に。……それから、小野に伝えろ。次、ヘマしたら、沈めると」
「そのまま小野に伝えます。……それからセキュリティ会社に連絡して、取り付けるのはいいですけど、あなたがしてるってバレたら、佳純くんに訴えられますよ」
「……佳純なら、訴えられてもいい」
盲目すぎる……と高村は呆れたが、こんなに他人に対して執着していることに驚いた。
(まぁ、仕事のモチベーションに繋がっているなら、良しとしよう)
しばらくはあの花屋に通うことになりそうだと考えながら、高村はスケジュール帳を開きながら男に今後の予定を伝えた。
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