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第4話

夜の8時になり、何とか今日の営業を乗り切り、閉店の準備をする。 「この花、奥にしまいますね」 小野くんも今日は最後まで手伝ってくれた。 すると、カランカランと入口のドアのベルが鳴った。 「すみません、もう今日は閉店――」 「へぇ……花を買う余裕はあるんだな」 威圧的な声が店内に響いた。 僕はドキリとした。 スーツを着た男が二人。強面でどちらも体が大きくて、がっしりとしている。 ――取り立て屋だ。 「俺も花もらおうかな。これとか、さぁ!」 もう一人の男がガーベラの花をむしりとった。 無惨にも茎と花の部分が切り離され、床に落ち、男は花を足でぐりぐりと潰した。 「や、やめてください!!」 「佳純くんさぁ、早くおじさんたちにお金返してくれたら、こんなことしないで済むんだよ?……花買うお金あるんだったら、何万か返してくんない?」 「そうそう。返せないんだったら、別の仕事紹介するよ。佳純くん、若いしさ。中身もきっと良い値段で売れると思うんだよね」 僕はその言葉を聞いて、体が震えた。 ……内蔵を売れと言っているのだろう。 「佳純くん、綺麗な顔してるからなぁ……そういう店やそういう趣味のじじいにでも売れるかもなぁ」 取り立て屋の一人が、僕の顎を掴んで、顔を近づけた。 怖い……気持ち悪いっ…… 「おっさんたち、その人から手を離してくんない?」 いつの間にか傍にいた小野くんは、僕の顎を掴んでいた取り立て屋の腕をギリギリと握っている。 「いってぇ……!」 男は痛さに耐えきれず、ぱっと僕の顎から手を離した。 小野くんはさりげなく、僕を自分の背中で隠す。 「あんたら、この人に手を出したら……俺、マジで許さねぇから」 二人の取り立て屋は、顔が引きつっている。 小野くんがどんな顔で言っているのか、分からないけど……、完全に二人はびびっていた。 「また来るからな……!」 そう吐き捨てて、逃げていった。 「大丈夫?」 小野くんは僕の方を見た。 いつもの小野くんだ。 「あれ、借金取り?」 「うん……」 「……この間、店荒らしたのって、あいつら?」 「多分……」 花をあんな風に傷つけるなんて、正直許せない。 けど、怖くて、立ち向かえない。 こんな自分が情けなくて、涙が出てくる。 涙なんて、見せたくないのに。 「佳純さん……今日は、もう休もう。俺も帰るんで」 小野くんに促され、部屋に戻る。 一人暗い部屋で、膝を抱えて顔を埋めた。 涙が出てくる。 小野くんが、襖を一枚隔てたところにいるのに。 「……佳純さん、おやすみ。戸締まりしてくださいね」 小野くんの気配がなくなった。 小野くんは優しい。 この距離感が、今は嬉しい。 「……っふ……ぅ……うぅ……っ」 嗚咽が漏れる。 こんなに泣いたのって、両親が亡くなった日以来じゃないだろうか。 ―――― 小野は帰り道、スマホを取り出して、電話をかける。 「……あ、もしもし、高村さん?小野です。佳純さんのところに、取り立て屋が来ました。……おそらく、天竜会(てんりゅうかい)の奴らです。佳純さんに手を出すのも、時間の問題だ。……今日は俺が追い払ったけど、俺がいなかったら……早い目に動いた方がいいと思いますけど……佳純さん、売られちゃいますよ」 小野は電話を切り、会社に向かった。 天竜会に敵対する組である、獅子虎(ししとら)組が裏で運営している会社だ。 表向きは輸入会社として、経営している。 小野は、社長であり、組の若頭でもある獅子尾 望(ししお のぞむ)に会いに行くことにした。

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