4 / 79
第4話
夜の8時になり、何とか今日の営業を乗り切り、閉店の準備をする。
「この花、奥にしまいますね」
小野くんも今日は最後まで手伝ってくれた。
すると、カランカランと入口のドアのベルが鳴った。
「すみません、もう今日は閉店――」
「へぇ……花を買う余裕はあるんだな」
威圧的な声が店内に響いた。
僕はドキリとした。
スーツを着た男が二人。強面でどちらも体が大きくて、がっしりとしている。
――取り立て屋だ。
「俺も花もらおうかな。これとか、さぁ!」
もう一人の男がガーベラの花をむしりとった。
無惨にも茎と花の部分が切り離され、床に落ち、男は花を足でぐりぐりと潰した。
「や、やめてください!!」
「佳純くんさぁ、早くおじさんたちにお金返してくれたら、こんなことしないで済むんだよ?……花買うお金あるんだったら、何万か返してくんない?」
「そうそう。返せないんだったら、別の仕事紹介するよ。佳純くん、若いしさ。中身もきっと良い値段で売れると思うんだよね」
僕はその言葉を聞いて、体が震えた。
……内蔵を売れと言っているのだろう。
「佳純くん、綺麗な顔してるからなぁ……そういう店やそういう趣味のじじいにでも売れるかもなぁ」
取り立て屋の一人が、僕の顎を掴んで、顔を近づけた。
怖い……気持ち悪いっ……
「おっさんたち、その人から手を離してくんない?」
いつの間にか傍にいた小野くんは、僕の顎を掴んでいた取り立て屋の腕をギリギリと握っている。
「いってぇ……!」
男は痛さに耐えきれず、ぱっと僕の顎から手を離した。
小野くんはさりげなく、僕を自分の背中で隠す。
「あんたら、この人に手を出したら……俺、マジで許さねぇから」
二人の取り立て屋は、顔が引きつっている。
小野くんがどんな顔で言っているのか、分からないけど……、完全に二人はびびっていた。
「また来るからな……!」
そう吐き捨てて、逃げていった。
「大丈夫?」
小野くんは僕の方を見た。
いつもの小野くんだ。
「あれ、借金取り?」
「うん……」
「……この間、店荒らしたのって、あいつら?」
「多分……」
花をあんな風に傷つけるなんて、正直許せない。
けど、怖くて、立ち向かえない。
こんな自分が情けなくて、涙が出てくる。
涙なんて、見せたくないのに。
「佳純さん……今日は、もう休もう。俺も帰るんで」
小野くんに促され、部屋に戻る。
一人暗い部屋で、膝を抱えて顔を埋めた。
涙が出てくる。
小野くんが、襖を一枚隔てたところにいるのに。
「……佳純さん、おやすみ。戸締まりしてくださいね」
小野くんの気配がなくなった。
小野くんは優しい。
この距離感が、今は嬉しい。
「……っふ……ぅ……うぅ……っ」
嗚咽が漏れる。
こんなに泣いたのって、両親が亡くなった日以来じゃないだろうか。
――――
小野は帰り道、スマホを取り出して、電話をかける。
「……あ、もしもし、高村さん?小野です。佳純さんのところに、取り立て屋が来ました。……おそらく、天竜会 の奴らです。佳純さんに手を出すのも、時間の問題だ。……今日は俺が追い払ったけど、俺がいなかったら……早い目に動いた方がいいと思いますけど……佳純さん、売られちゃいますよ」
小野は電話を切り、会社に向かった。
天竜会に敵対する組である、獅子虎 組が裏で運営している会社だ。
表向きは輸入会社として、経営している。
小野は、社長であり、組の若頭でもある獅子尾 望 に会いに行くことにした。
ともだちにシェアしよう!