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第1話

やってみれば何だって人並み以上にこなせた。   別に嬉しくもなかった。   人から何を言われてもどうってことない。   金持ちのお坊ちゃんで成績優秀、スポーツ万能容姿端麗・・・女が寄ってこないはずはなかった。 ・・・ダケドドノオンナモホントウノオレナンテシラナイ そしておれは最近気づいたことがあった。おれは、とてつもなく・・・   ・・・・・性格が悪い。 「晃司!」 幼馴染の深海真司だ。 「きいたよ、また女の子フッたんだって?」 「悪いかよ」 そう言うと真司はいつもの困った顔になった。 「んー、悪いかって聞かれると困っちゃうんだな。スキじゃない子には断るの がフツーだし・・・んー」 「自分で言ってワケわかんねーよーになってんじゃねーよ」 口ではそう言いつつも、おれはこの唯一親友と呼べる男を誇りに思っていた。 「へへ、ホントだ」 真司はいつもの、この世において何をも許されそうな笑顔を浮かべた。 「真司って好きなヤツとかいるの?」 「どっどしたのさ突然」 「いや・・・おまえに想われた女は幸せだろうなと・・・」 「そう・・・かなあ」 真司は不意に顔をそむけた、ような気がした。 「まっ、そんときゃおれにも言ってくれよ!できることだったら何だってする、ぜ。」 ”晃司”・・・彼をそう呼ぶことを許されているのは晃司の家族とおれだけだ。 そしてさっきの笑顔を見ることができるのは、この世界できっとおれ一人だろう。 おれたちは生まれたころから仲良しで育った。 小6の時、義理の姉さんに犯されるという不幸な事件があって以来、晃司は変わってしまった。 けれど、3年たってもおれの前でだけは以前のままの晃司でいてくれた。 晃司はおれにないものをたくさん持っている。モテるのも無理ないと思う。 晃司といてはじめておれはおれでいられるような気が、している。 「ねーねー、あの2人なんでいつも一緒なの?」 教室の片隅で女子たちの内緒話。 「深海くんてさ、品行方正でまじめで明るくて万人ウケするタイプでしょ」 賛同の声が飛ぶ。 「かたや緋砂はねー。顔はいいけど・・・」 そのご当人たちはというと。 「あ、先生おはようございます」 「おお、深海。朝からご苦労さんだな」 深海の元担任が上機嫌で挨拶する。しかし、すれ違いざま彼が真司に言った言葉はこうだった。 「緋砂にあまり関わるな。おまえも同じように見られるぞ」 そのいかにもここだけの話、と言った感じのトーンと、おまえのためを思って言ってるんだといわんばかりの恩着せがましい口調に、真司は憤りを抑えられなかった。 (なんなんだよ、それ?晃司の何を知ってるんだよ!おれの方が先生たちよりずっと長い間晃司のこと・・・!) 「真司?何やってんだ、ボーッとつっ立って」 そう呼びかけたのは晃司だった。 「なーにをたくさん持ってんだ?係おまえ一人かよ」 そう言えば、真司は1時間目の社会の授業で使った大きな地図を社会科準備室へ返しに行く最中だったのだ。 「ああ、他の子用があるみたいで。おれヒマだから・・・」 「相変わらずバカだな」 晃司は真司の手から地図を取り上げた。 「いっいいよ」 真司は慌てて地図を取り返そうとした。 「いーよじゃねーよ、女みたいな体のクセして」 『女みたい』。真司の表情が翳る。 真司は自分でわかりすぎるほどわかっていた、自分の体というものを。友人たちよりもはるかに色が白いということを、同級生に身長の成長が追いついてい ないことを、男としてはあまりに肢体が華奢であることを、そしてどんな女よりも女らしい顔立ちをしていることを。 (その点、晃司は・・・) 彼はいつも思い、そしてすぐにそれをやめる。みじめになるのはわかりきっている。だが、だからといって晃司を妬んでいるわけではない。羨望し、憧れている。 下校時、ふと真司が窓の外を見やると、校門の前に晃司がいた。 (ということは・・・) 真司の予感は的中、晃司の前には見たことのない制服を着た女がいた。 「ウワサどーりいい男ねえ。今夜遊ばない?」 「今夜だけならな」 そのまま二人は消えてしまい、二人の会話など聞こえるはずもない真司は、一人勝手に祝福などしながら家路をたどった。しかし心のどこかで、真司自身にも気がつかない、妙な感情がそのとき芽生え始めていた。 翌朝、会うなり真司は晃司に言った。 「晃司、昨日のあの女の人と付き合うの?」 「バカ、だれがあんなバカ丸出しの尻軽女とつき合うか!」 その後真司は晃司から、昨夜の一抹を懇々と聞かされてクラクラしていた。 「す、すごい・・・。未知の世界だ」 ホッ、という音がどこかから聞こえたような気がした。 「深海くん、5組の泉さんが探してたよ」 泉というのは、去年真司と同じクラスだった女子である。実は真司は小学校のころからひそかに泉を想っていたが、中学に入って同じクラスになれた喜びも つかの間、すぐにクラブの先輩と付き合い出したというウワサを耳にして、今 ではすっかり良き思い出となっていた。その泉が真司を探している。 「深海くんが・・・好きなの」 なんとなく予感はしていた、しかし意外なその言葉に、真司は少なからず戸惑った。否、戸惑ったのには別の理由があった。。 まったく嬉しくも何ともなかったのである。返事をしなければならない、でも 言葉が見つからない・・・。 「・・・ごめん!」 やっと言えたその一言に、泉は晴れやかに微笑んだ。 「ううん、スッキリした。・・・ついでにひとつ訊いていい?」 真司はあまりにもあっさりと事が収まって、なんだか拍子抜けしながらも頷いた。 「ダメだったのは、他に好きな子がいたから?」 「えっ・・・」 真司は動揺した。これまで生きてきた中でもっとも狼狽していた。泉に質問され、頭の中を占拠し出したのは晃司だった。 「いやあ・・そういうわけでは・・・」 口ではとりあえずそう言ってはみるものの、言葉を発している間も真司の耳は 晃司の声を再生し、脳裏には晃司の残像が映し出されていた。 「うん、他に好きな人、いるみたい」 やっとのことでそう言った真司は、泉の前から逃げるようにその場を去った。 真司は混乱していた。 晃司は小さいときからお互いの事を良く知ってる、だから好きなだけ。 晃司はおれにないものを持ってる、だから憧れてるだけ。 そう自分に言い聞かせようと必死だった。 「遅いんだよ。」 晃司の前でも真司はやはり、戸惑いは隠せなかった。 「ごめん、もう待っててくれなくていいから」 「どうしたんだよ、おまえ顔色・・・」 「もう一緒に帰らない!!」 「真司?!」 駆けて行く真司を、晃司は驚きのあまり追うことができなかった。 「おい真司!どうしたんだよ昨日・・・」 翌朝、真司の姿を見つけた晃司は、急いで走り寄って話し掛けたが、真司は答えようとはしない。それどころか、晃司のほうを見ようともしないのだ。 「おい!」 晃司の語勢が明らかに変わったことに真司は少し焦ったが、なおも晃司を見ようとはしない。 「・・・おれ何かまたおまえ傷つけた?」 晃司は心配そうに真司を覗きこむ。ソウジャナイ、真司は心の中で叫んだ。と 同時に涙があふれた。 「し、真司っ・・・あっもしかして、彼女できたとか?それでおれとは一緒に帰れねーと・・・」 「そうじゃないけど・・・」 「違うのか?・・・もー泣くなって、みんな見てるだろ。相変わらず泣き虫なん」 そういいながら真司の涙を拭いてやろうとすると、  「やめて・・・!」 真司は晃司の手を振り払った。取り返しがつかないほどの、悲しい強さで。 「・・・・・」 晃司は何も言わず、歩いていった。 少し呆れたような、見たことの無い物を見 るような視線を真司に投げて。 それ以来二人はいっしょに行動することがなくなった。周りの生徒たちは、晃司が真司の好きな女を横取りしたからだ、など、真相も知らず好きな事を言っては面白がった。 眩しいほどの新緑の中、二人の心にはどこからともなく隙間風が吹いているかのようだった。 困ったのは晃司だ。何しろ自身の性格上、真司以外に友人らしき存在は彼には存在しなかったのだ。 物心ついたときから当然のようにいつもそばにいた、今となっては体の一部となってしまったかのような真司を、晃司は失ったのだった。 すっかり心に穴が空いてしまった晃司は、いつにも増して無気力に時間を過ごしていた。授業中、いつものように窓の外を眺めていた時のこと。 (あ、真司のクラス、体育やってる・・・) 無意識にも視線はいつも視界に入っていた、しかしもう今は入って来ない親友を追っていた。 「?!」 気づいた時には晃司は走り出していた。周囲の人を掻き分け、うずくまって震えている真司に触れる。周りにいるクラスメートたちは、どうしていいかわからずにただその光景を見守っていた。 晃司は真司を抱きかかえると、黙ったまま保健室に運んだ。 幼い頃から真司は心臓を患っていた。真司はそれを周りの人間に知られるのをひどく嫌っていたのだった。 「・・・」 真司が意識を取り戻すと、ベッドの脇には晃司が心配そうに見守っていた。 「晃司?あれ僕なんで・・・」 「体育の授業中に倒れたんだよ。」 「・・・・」 真司は内心困惑していた。正当な理由もなく突如晃司に冷たい態度をとり続けた自分を、 晃司は今までと変わりなく思っていてくれたのかー?血液が逆流するような、激しい感情がこみ上げた。 そんなとき、晃司が口を開いた。 「・・・なあ、おれら何が原因でこんな風になったのか忘れちまったけど、 おれ、おまえしか友達いねえんだ。・・・だから、その・・・仲直りしようぜ。」 いつも尊大で高飛車で、誰をも恐れないような晃司が、やけに小さく見えて、真司は胸が苦しくなった。 「晃司!ごめん!晃司は悪くないんだ、おれが悪いんだよ・・・おれ、晃司のことが好きで、でもそんなこと言ったら 晃司に嫌われるんじゃないかって・・・」 そこまで言ってしまってから真司は我に返った。 とうとう言ってしまった、これまでの辛い思いは何のためだったのかー 「・・・なんだ、そんなことでおまえおれのことムシしてたわけ?」 真司はとっさに、本来なら見ることが出来ないはずの晃司の顔を見た。 「だって晃司・・・」 「バカ。そんなんで嫌いになんかならねーよ・・・シカトされる方がつれえだろ。」 「えっ、じゃあ晃司ー」 真司の顔が明るくなった。ここ数日見られなかった顔だった。 晃司が自分の気持ちを受け入れてくれた、そのたった一つの事実が彼の周りの世界をも変えてしまうかのようだった。 そして実際、この日から真司の人生は大きく変わっていくのだった。

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