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第2話

翌日から、再び彼らは二人で行動するようになった。表向きは単なる仲直りにしか見えなかったかも知れない。しかし、二人の間に流れる物は以前とは確かに違っていた。そして日に日に真司という人間そのものも変化していった。 以前の屈託なくあどけない、言い方を変えると幼さの残る子供子供した彼は、次第に年相応の少年へと、遅れていた成長を取り戻すように変身していった。もちろんそれに周囲が気づかないはずはなかった。特にそういったことに敏感な女子生徒の間では、本人の知らないところで常に話題に上っていた。 「しーんじっ」 「な、何だよ晃司、ニヤニヤして・・・」 「おまえ、また今日女から告白されたってな。付き合うのか?」 真司は晃司のその言葉に、唖然となった。 「えっ、晃司なんで・・・」 「なんでって、それはおまえが決めることじゃん。俺にどうこう言う資格は」 真司の叫びにも似た声が晃司の言葉をさえぎった。 「晃司!何言ってるの、晃司にとっておれってその程度なの?!ねえ、おれは違うよ、 晃司・・・」 人が近づいてきたのに気づいて、晃司は真司を制止した。 「わかったよ、真司、悪かった。人が来るから・・・な?」 そう言いながら、しかし晃司は内心驚いていた。いつもとは違う、 普段の温和な真司からは想像もつかない激しさに。 梅雨も明け、湿り気のない乾いた日差しが容赦なく照りつける。 「あぢぃー。」 晃司はぶーたれながら教室の窓際で下敷きをせわしなく仰いでいた。 二人―もちろん晃司と、もう一人は真司だが―は、放課後の教室に残っていた。 「晃司・・・ボタン、止めなよ。」 真司が覇気のない声で言った。 「なんでだよ。暑いだろ。」 晃司は制服の開襟シャツの前ボタンを、第3ボタンまで開けていた。 何故、と訊かれると、真司は困ってしまった。 「他の奴に見られるの、イヤなんだよ、それに・・・」 「それに?」 真司は赤くなってうつむいた。言えっこない、こんな恥ずかしいこと。 『そそられる、晃司を欲しくなるから』 確かに自分は晃司を愛している、そして晃司はそれを受け入れた。 愛していれば当然の欲求だといえるだろう。しかし、今になって 相手が同性であるということに何かしら違和感を抱いてしまっていた。それも、真司にしにしてみれば、誰かに対してそんな欲求を持ったのは生まれて 初めてのことだったから、戸惑いは当然のことだった。 「何でもないよ。もう帰ろう。」 心苦しくなった真司はその気持ちと向き合うのを放棄した。 一時的には逃れられても、その後ろめたい欲望は真司を取り込んで離さなかった。 一方晃司も、最近の真司の様子がおかしいのになんとなく気づいていた。 その日、二人は学校が終わって直接、晃司の家に行っていた。仕事しか能がない義父は 家にいることなど皆無だったし、自分の店をもつ母は午後からは店に入る。 義姉二人は、たとえ家にいたとしても晃司のことなど関心がない。 二人は晃司の部屋でテレビを見たり何気なく時間を過ごしていたが、 それは真司にとっては拷問のような時間だった。 「・・・ねえ、晃司・・・」 たまらなくなって真司は晃司に擦り寄った。晃司は別に気に留める風でもなく、 テレビから視線をはずさずに、ん、と気の無い返事をした。 「おれ、晃司のこと、好きだよ」 「知ってる」 「晃司もおれのこと、好きなんだよね?」 「ああ」 真司は息を飲んだ。そして恐る恐る晃司の顔に自分の顔を近づけた。 「真司?!」 そして二つの唇は遠慮がちに、ほんの一瞬、重なった。そして次の瞬間、真司は抑えていたものを吐露した。 「晃司に触れたい、ずっと最近それしか考えられなくて・・・」 「いいよ」 晃司は真司の決死の告白を、またもあっさりと受け入れた。 見る見る真司の頬が上気していくのがわかった。 真司は意を決したように、そっと晃司の頬に触れた。幼い頃に何度か触れたことはあったが、大きくなってからはいくら仲が良くても身体を触れ合うことなど無かった。 ピンと張りのある、自己と他者の境界を立派に果たすその肌は、気高ささえも感じられた。頬だけでは飽き足らず、今度は髪に触れた。黒々と艶めく髪。真司にかきあげられたその髪は、すぐにまた自分の本来あるべき位置へと戻る。それは晃司自身の芯の強さを象徴していた。 胸が苦しくて、真司はそれ以上晃司に触れるのをやめた。 これ以上続けたら、 自分が自分でなくなってしまう気がした。 梅雨明けと同時に始まった期末試験が終わると、いよいよ夏休みに入る。 「晃司、あのさあ」 少し言いにくそうに、そして甘えた声で真司が晃司を見上げる。 「次の金曜から、家族で田舎に帰るんだ。でも、おれは受験だから一人残って塾の講習会に行くんだけど、お母さんが心配して。で、晃司が来てくれたら安心だって言うんだけど・・・どうかなあ」 どうかなあ、も何も。 「んまー晃ちゃん!久しぶりねえ!最近ちっとも遊びに来てくれないから寂しかったのよ」 真司の母は大の晃司ファンである。 「晃ちゃんはホントにいい男よぉ。アンタも女ならきっと惚れるわよ」 これが真司の母の口癖だ。今真司はその言葉を反芻していた。 (女なら、か・・・) 好みのタイプまで遺伝するものなのかな、と真司は自嘲気味に苦笑した。 「じゃ、晃ちゃん、真司をお願いね。真司、しっかり勉強するのよ」 「ちゃんと塾へは行くんだぞ」 「お土産買ってくるからね―」 各々そう言い残して、3人は田舎へと帰った。 が早いか、晃司が真司に口づけた。 「こ、晃司・・・?!」 「おれを、おまえの好きにしろ。そのつもりで来た。覚悟はできてる」 真司は戸惑いがちに、晃司を恐る恐る抱きしめた。ためらいがちにまわされた手には、次第に力がこもり、いつしか息もできないほど強く抱きしめていた。 二人は真司の部屋のベッドに倒れこんだ。が、 真司がもじもじして言った。 「おれ、さ・・・女の子ともこういう経験ないから、その、どうしていいか・・・わかんなくて」 晃司が呆れたようにため息を吐きながら言う。 「・・・あのなあ。そんなもん誰だって人に教えてもらうわけじゃねぇの。・・・ わがままだな。自分から欲しがったくせに」 晃司はそう言うや、真司の顎を取り強引に口付けた。 真司は初めての経験に恍惚としていると、晃司の顔はいきなり真司の下肢へと下っていった。 「ちょ、晃司?!」 真司が戸惑っていられるのもほんの少しの間だった。真司はさっきの口付けの時とはまったく違う種類の恍惚を味わうことになってしまったからだ。 (何?これ…自分でやるのとぜんぜん違う…) すぐに真司はいつもの前兆を感じ取った。そのまま達ってしまいたかったが、かろうじて晃司に言った。 「こ、晃司、もういいよ、でないと…」 そう言った瞬間に真司はあっけなく到達してしまった。 二人はしばらく見つめ合っていた。そして晃司は開口一番、 「…おえええええーっ!まっずぅ―――!!!」 叫びながら洗面台へと駆け込んだ。 そんな晃司の行動に真司は少しショックを受けながらも、まだ先ほどの余韻に酔いしれていた。洗面台では晃司がそんなことおかまいなしに必死でうがいをしている。 しばらくして晃司が戻ってきた。だいぶ落ち着きを取り戻した様子で、こう言った。 「――さて、と。交代だ。」 交代だ、と言われても、真司には知識も経験もなかった。さっき1度あんなことをされたからといってできるものでもない。 が、そう思う真司の心には別に、ある気持ちが生まれていた。 ―晃司を悦ばせたい―  真司は躊躇いなく、晃司と同じ事を始めた。 晃司は内心、真司に達かせてもらおうとは思っていなかった。いや、達くことは不可能だろうと考えていた。   しかし、それが誤算であると気づくのに、そう時間を要さなかった。  かなり派手な女性遍歴を重ねてきた晃司は、初体験の人間の手によって快感を得られるとは思っていなかったのだが、真司の初めての試みは初めてとはおよそ思えないほどの技術だった。    プライドが高い晃司は必死で隠そうとしたが、それは真司に伝わってしまった。  「晃司…感じてるの?」  「・・・ばかやろ、なめんな。この程度でこのおれが感じるかよ、この坊やが」   真司の顔つきが変わった。真司はやはり、自分の容姿にコンプレックスを抱いていたので、子供扱いされたり男女呼ばわりされるのがたまらなく嫌だった。   (晃司、おれがそう言われて嫌なこと、知ってるくせに…)  真司の半ばヤケ気味のその動作は激しく、よりいっそう晃司を刺激した。   結果、晃司は墓穴を掘った形で、みっともないほど早々に終わってしまった。    「…おえええええーっ!まっずぅ―――!!!」   叫びながら洗面台へと駆け込んだのは、今度は真司。  まったく同じリアクションに呆れながらも、晃司はひどくショックを受けていた。自分の発したものをあのように言われたからではない。本当の理由は―― 「晃司、おれより早かった」  クスリと微笑みながら、真司は晃司の一番痛いところをついた。  「るせえ」 晃司はまだ肩で息をしている。そんな晃司を見て、真司は恐る恐る問うた。 「晃司…おれのこときらいになった?」  さっきの挑むような挑戦的な表情は見る影もなく、いつもの穏やかで、しかし少しおどおどした真司がそこにいた。晃司はまだ少し拗ねた顔で答えた。 「きらいになる理由がない」 真司に安堵の表情が広がった。 「…ただ。上手くてビックリした」  晃司はそっぽを向いて付け加えた。 「それが・・・不思議なんだ。晃司のこと好きだ、愛してるって思ったら、体が勝手に…」 そこまで言った時、晃司が真司の唇を塞いだ。  「お前には、生まれつき淫らな血が流れてんだ」  真司も応えるように、晃司の首に腕を絡ませた。 「そうかもしれない…おれ、晃司のこと欲しいよ。いくらでも欲しいもん」   

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