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第14話
「お帰りなさい」
店での修羅場など知る由もない真司は、のんきにTVを見ながら要を迎えた。
「ごめんなさい…迷惑でしょ、要さんには関係ないのに…」
またも要を苛つかせる発言。
「だーかーら!そういうこと言うなって!お前他に行く場所ないんだろ?!出て行きたかったら出てけ、いたかったらいろ!」
真司は要の人の良さに触れたような気がした。
「僕をここにおいてください。迷惑にならないよう頑張りますから」
「よし。最初っからそう言やあいいんだよ」
腕組みして大げさに頷く要。
ようやく落ち着いてよくよく考えると、真司の生活の糧と言う問題にぶち当たる。
あの店にはもういられないし、体は不自由、身元もハッキリしないし中卒。
真司は今ごろ後悔した。咄嗟に思い余って家を飛び出してしまったけど、いい仲間ばかりだった高校は卒業するべきだったと。
それを察知したかのように、徐に要が真司に声をかけた。
「こっちの高校入り直すか?静流さんが学費の面倒を見るって言ってる。勉強なら静流さんや紫苑に見てもらうといい。…それとも、やっぱりあのふたりに世話になるのはいやか?」
「ううん…僕、高校に行きたい」
二人が向かったのは静流のマンション。
真司が何事も無かったように笑顔で挨拶すると、静流は申し訳なさそうな顔をした。
「ごめん…僕のほうから出向かなきゃならなかったのに」
「今日はそのことじゃな」
真司が言いかけたところで、紫苑が登場。
故意にかどうかは知らないが、やたらと静流にベタベタする。 静流は真司や要の目を気にして嫌がるが、お構いなしだ。
「そう…高校へ。やっぱり将来何をするにしても、高校は出ておいて損はないからね」
そう話す静流は、少し安心しているようにも見えた。
「――本当に真司には何て言えばいいか…」
話も一段落したころ、静流がもう一度最初の話に戻す。真司は微笑んで首を振った。
「静流さんは、僕の叶えられない願いを叶えたんです…祝福してます」
そんな真司を見て、静流は遠慮がちに話し出した。
「人間同士には、いろんなスレ違いが生まれると思うんです。…僕がえらそうに言えた立場じゃないんですが、一度、晃司君に会ってみたら…?」
「―――できないよ」
ぽつりと真司が呟いた。そして次に狂ったように喚き散らした。
「もういやだ!拒絶されたくないんだ、捨てられるのはもうイヤなんだ―――」
顔を覆って首を横に振る真司に、静流は優しく諭すように話しかけた。
「晃司君は、真司を『捨てた』のではないかもしれない――僕はそう思うんだ。もちろん次にまた拒絶されるのは恐いけど…」
そこまで言ってちらりと紫苑のほうを見る。
「行動を起こさなければ――努力しなければ、叶う願いも叶わない――そうでしょう?」
「なあんか、新婚の家庭にお邪魔したみてぇだったな…」
静流のマンションからの帰り道、要が半ば呆れたように言った。
確かに二人とも、あんな幸せそうで美しい静流を見たのは初めてだったし、あんなに楽しそうに笑うやんちゃな紫苑を見たことも無かった。
「僕じゃ静流さんをあんなにすることはできなかった…」
真司は自分でも戸惑っていた。どうしてこんなことで涙が出るのか。それほどまでに自分は静流を愛していたのだろうか?
突然、要が真司を抱きしめた。
「なんか、可哀相だな、お前って…」
真司はなすがままになっていた。今は誰でもいい、温もりが欲しかった。
要は良くしてくれると思う。しかし愛にならない理由は一つ。
晃司に似てないから。
要の部屋に戻っても、真司はベランダに出てぼんやりと考えていた。
晃司は今ごろ何をしてるんだろう、晃司は成績も良かったし、きっと学区で一番の進学校にでも通っているのだろうか…。
「寝つけないのか」
すっかり寝巻きに着替えた要が心配そうに様子を見に来た。
「静流さんのこと考えてたのか?」
「ううん…」
「じゃ、さっき話してた晃司ってヤツのこと?」
「うん…」
要は黙り込んで、真司が話し出すのを待った。
「僕一方的に振られちゃったんだけど、…でも、僕きっと、一生晃司に片想いし続けると思うんだ…」
要には、そんな生き方は理解できないし、また理解したくもなかった。過去に縛られながら生きるなんてごめんだ。でも真司は、心なしか嬉しそうにその決意を表していた。
しばらく考え込んでいたが、急に要が真司の腕を取った。
「行こう!静流さんの言う通りだ。会え!」
嫌がって泣き叫ぶ真司をいとも簡単に抱え、車に押し込み、明け方の高速を走った。
真司の生まれた街に到着したのは、すっかり夜も明けて、東から朝日がまぶしく差しこむ頃だった。
「ここで待ってれば登校中の晃司に会えるだろ」
晃司の家のそばで真司だけを降ろし、要の車はどこかへ走り去った。
真司の心臓は今にも口から飛び出そうだ。消えてしまいたいとさえ思ったほどだ。もちろん晃司に会いたいなんて思うはずもなく、適当に時間をつぶして会えなかった、と戻るしかない、そう考えていた。
「―――真司?」
心臓を鷲掴みにされたような気分だった。この聞き覚えのある、低い声は…。
恐る恐る振り返る。
「やっぱり…」
晃司だ。真司を見て、どうしていいか分からない、といった顔をしている。
晃司は別れたときよりもずっと、大人びていた。身長もさらに伸びているし、髪も前より少し長めだ。予想通りの学校の制服が似合っている。
「おいっ、相変わらずだな」
片時も想いつづけて止まなかった晃司が今、目の前で普通に動き、話している。そう思うと真司の顔が涙の洪水と化すのも無理はない。
「こ…晃司…」
涙声でそっと晃司の名を呼んでみた。昔は当たり前だったことが、今は違う。話してくれるだけで、見てくれるだけで、名を呼べるだけで胸がいっぱいになる。
真司の大泣きが一段落ついたのを見計らって、晃司が口を開いた。
「なんか突然家出するわ、帰ってきたと思ったらすぐまた出てったわで、おばさん心配してたぞ。――おれだって心配してたよ」
最後の言葉が真司を我に帰らせ、真司は背を向けた。
「な、なんで晃司がおれのこと心配するのっ、おれは晃司に…」
言いかけた時、晃司が真司の正面に廻って顔を覗きこんだ。
「真司…幼馴染を心配すんのは、当然だろ?」
幼馴染――『もう戻れない』とあの時言われた、本来あるべき関係。
「おれたちいろいろあったけど…おれ、真司とはやっぱ幼馴染でいたいんだ。それ以上でもそれ以下でもなく――」
真司は返事もせず、ぽかんとしていた。何かおかしな感覚があった。今までの何かが消えてしまったような感じ。
しかし何より、晃司が幼馴染でいたいと、言ってくれたことが嬉しかった。
晃司は返事をしない真司を前に、苦い表情を浮かべていた。
「晃司!」
気持ちの整理がついた。会えない人、過ぎたことを美化して苦しむより、どんな形であれそばにいたい。
「ごめん、おれお前のことさんざん苦しめて追い詰めて…」
飛びついてきた真司を受け止め、心から謝罪しながらも晃司は何か違和感を感じていた。
それは――
「真司、おまえ…」
真司のもといた場所に、松葉杖が転がっていた。
さっきの不思議な感じ――あの瞬間、晃司が、恋愛対象ではなくなった。今でももちろん好きで好きでたまらないけど。
否、今までもうずっとそうだったのかもしれない。晃司に縛られ、晃司のために生きてきたのではなく、ただ真司自身が過去の思い出を思い出にできずにいただけ。
形は少し違うけれど、真司も願いを叶える事ができた。
故郷に戻って、高校へ行こう。
少し遠回りしてしまったけど、その遠回りの間に無意味なことは何一つなかった。
真司は、横で松葉杖を担いで歩く最高にイカした幼馴染を見て、そんなことを思っていた。
【完】
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