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決意の行方

‪ #一次創作BL版深夜の真剣60分一本勝負‬ 2018/05/05参加 お題 ・こどもの日 ・夢 ・夏の気配 連休も後半に差し掛かり、寮に戻って来る生徒もちらほらと増えてきた。 親との折り合いが悪いため実家に帰らない伊織は、同じく寮に残ったユキと終日ずっと一緒にいられる、夢のような時間を過ごしていた。 ドアのノック音で目が覚める。時計を見ると11時。寝すぎた。 ドアを開けると、予想通りの顔。 「なんだ、まだ寝てたのか」 少し呆れたようにユキはそう言うと、ずかずかと伊織の部屋に入り、何やらワシャワシャと鳴るビニールの大きな袋を机に置いた。 「ええ、今日は僕がそちらに行くはずだったのにすみません」 伊織はまだ気怠げにボーっとしている。 「どっか具合でも悪いのか?」 「いえ、単に寝起きでまだ少し、」 伊織の額に大きなユキの手が触れた。 「ん、熱はねぇな」 伊織は火照ってしまった顔を隠すように、机の方を見た。 「あれ、何ですか?」 袋の中身は、ちまきと、鯉のぼりのデコレーションが施された、小さなホールケーキ。 「え…何ですかこれ」 伊織はちまきとケーキを見て目を丸くしている。 「今日がこどもの日だってのは、知ってるよな」 「はい」 「家でこんなの食ったことは?」 「…」 俯き小さく首を横に振る。 「今日は、こどもの日のお祝い」 ユキがニカっと笑ってケーキを切り分ける作業に入った。 「こどもの日って、僕らもう、子どもじゃ」 「ねぇけど、大人でもねぇ、だろ」 意に介さないという風に、ユキは作業の手を止めない。 伊織は生みの母が出産時に死亡、育ての母はネグレクト、父親は家庭に寄り付かぬ仕事人間だったため、なかなか悲惨な幼少時代を過ごした。当然、季節のイベントや祝い事、家族でのレジャーの思い出など皆無。 ユキはこれまでにも、伊織に数々の『初めて』を与えてきた。今回もその一環というわけだ。 可愛らしい鯉のぼりが描かれ、小さな兜のマジパンが乗ったケーキとユキが似合わなくて、伊織は思わず笑ってしまう。 それに気づいたユキが『ん?』と首をひねると、伊織の表情はより一層綻んだ。 「…いつも、僕のこと考えてくれて、ありがとう、ユキ」 こんな嬉しい気持ちでケーキを食べたことなんかあっただろうか。 夢みたいだ。 伊織の微笑はなかなか消えない。 「食ったらちょっと外出てみねぇか」 ユキが提案。 伊織の笑顔に、今日こそはナシにしようと心に誓った決意が脆くも崩れそうになったから。 この連休毎日毎日、サルみたいにやりすぎた。無茶させすぎた。 と、今朝の伊織の疲れた様子を見て反省したのだ。 したのだが。 はにかみながら美味しそうにケーキを食べる伊織を前に、決意は風前の灯。 このまま一緒に部屋にいたら、確実にー。 もう桜はとうに散ってしまった桜並木。 新緑が目に眩しく、草いきれのむわっとした熱と湿り気がまとわりつく。 早くも夏の気配を感じる。 学校の壁沿いの桜並木は、生徒以外ほとんど人が通ることはない。 「ユキ…」 言いにくそうに伊織が声をかける。 「何だ?」 「…手、繋いでもいい?」 面食らったユキが返事に困っていると、そっと伊織の手がユキの手に触れた。 肩をすくめて恥ずかしそうに微笑う伊織に、またもユキの決意が揺らぐ。 「ユキ、汗かいてる」 額や腋、首筋がじっとり汗ばんでいた。 誰のせいで、ユキは言いかけて飲み込んだ。 代わりに、繋いでいた手を乱暴に振りほどいた。 「ユキ…?」 一瞬驚き、そして悲しげな目をする伊織。 離した手を伊織の腰に回し、強く引き寄せる。 とても歩きにくいけれど、伊織はそうされるのが好きだったので、また嬉しそうに笑った。 「…部屋戻るぞ」 「えっ、もう?」 ユキの決意の行方やいかに。

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