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甘えの代償
お題
・賞味期限まであとすこし
・引越し準備
・「いつもの僕じゃないよ」
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気持ちよく晴れた日曜日だっていうのに。
僕は何が悲しくて引越し準備に明け暮れているのか。
明るい未来へと繋がる引越しなら、何曜日だろうとどんな天気だろうと嬉々として作業していたはずだ。
けど、違う。
今は冷蔵庫の中身を処分中。
賞味期限まであと少しのビール、とっくに食べられなくなった野菜、食べる機会を失った、同じデザート二つ。
どんどんゴミ袋に投げ込んで行く。
もう、要らない。
二年続いた同棲の幕切れは、呆気なかった。
理由はたったひとつ。俺のだらしなさだったと思う。
俺に一目惚れしたと告白してきたアイツに一目惚れして、初対面から惹かれあってしまって、すぐに同棲を始めた。
心の片隅で、いや、全身全霊をかけて、きっと甘えていたんだ。
コイツは何しても俺から離れないって。
コイツなら何をしても許してくれるって。
たびたび別の男を抱いては、泣かせた。
俺のために泣くのが可愛くて、何度も泣かせた。
泣かせるたび謝って、優しく抱いてやると、いつだって嬉しそうに笑った。
ある日、思いつめた目をしてアイツは俺の名を呼んだ。
何?と腰に手を回そうとすると、やんわりと手を払われた。
「結婚して、家業を継ぐことにした」
何を言っているのかわからない。
結婚って、女と、だよな?
「男にはもう懲りた」
俺を睨みつけながらそう言うと、早々に荷物をまとめ出した。
待てよ、浮気もしてないのにどうしたんだよ。
いつものお前ならーー
「いつもの僕じゃないよ」
は?
「もう、今までの、いつもの、あんたにとって都合いいだけの男はもうやめるから。もう体だけの関係なんてうんざりだ」
何だって?体だけの関係って?誰のこと言ってる?
「この期に及んでまだバカにする気?人のことなんだと思ってるの?」
待って、誤解だ、体だけの関係なんかじゃない、俺はお前のことーー
「さようなら」
最後まで、肝心な最後まで言わせてもらえず、アイツは出て行ってしまった。
あの後、どんな言葉を続けるつもりだったんだろう?
未だに無駄な期待をしてしまう愚かな自分に嫌気がさす。
愛しても愛しても、愛すれば愛するほど
許しても許しても、許せば許すほどに
あの人は僕から遠ざかって行く。
次こそは、ちゃんと愛してくれる。
次こそは、次こそは。
そして気づいたんだ。
愛してもらえるより先に、僕が壊れてしまうって。
もちろん今でも大好きだよ。
たとえ遊びでも、同じ部屋に住まわせてもらって、恋人同士の真似事をさせてもらって、幸せだった。死ぬほど悲しいこともいっぱいだったけど。
あなたの一番側に、あなたと一番長く居られることが、嬉しかったんです。
欲を言えば、僕だけを見てて欲しかった。
楽しかった。恨んでなんかない。
僕が欲張りすぎなだけ。
今さら悔やんでも遅い。
俺は今まで、どこまでなら許されるのか、アイツの気持ちを測ってたんだ。
結局許してしまうアイツの愛を確かめてたんだ、そして優越感に浸ってもいた。
測ってないと、確かめてないと、不安だったんだ。
もっと他に方法があっただろうに。
アイツの愛を測るんじゃなくて、確かめるんじゃなくて。
俺の愛を示したことは、伝えたことはあったか?
後悔先に立たずとはよく言ったもんだ。
どんな言い訳を頭に並べてみても、アイツはもう戻らない。
ああ、引越し業者が来た。
まだ準備完了してないのに。
冷蔵庫はほぼカラになった。
奥から出て来た、アイツが買った好物のパイン缶。
賞味期限までまだまだあるから、これだけは捨てずに持ってくか。
【終】
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