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月見れば

今日も今日とて、まだ会社にいる。日はとっぷりと暮れて、窓の外からは暗闇が覗いている。 ずっとパソコンを睨んでいた俺はひどく目が渇いていることに気づいて、ひとつ伸びをして立ち上がった。そして窓際へ。小休止だ。知らず知らずのうちに入っていた肩の力を抜いて、大きく息を吐く。 ああ、今夜も満月か。 月といえば秋、というイメージなのは、中秋の名月なんて言うように、月が一番きれいに見えるのが秋だからなんだろう。 秋は好きだ。それまでの夏の暑苦しさから解放され、澄んだ空気と、心なしか夏よりも静けさが増すように感じるから。ただひとつ面倒なのは、なんだかわけもなく侘しいような、むなしいような、そんな気分になりがちなこと。これまで何とも思っていなかったような、または心の奥底にすっかりしまいこんでいたような憂いごとを、わざわざ連れてきやがる。 そういえば。 あの夜も、満月だったな。 あの時、偶然帰り道で会ったあいつに初めて声をかけられて、初めてまともに話したんだっけ。あの時は本当に、月が仕掛けたサプライズに感謝したもんだった。 それが今となっては…… 「何て顔してんです」 肩に温かい重みが乗った。 「お疲れ様です。一段落つきました?」 振り返ると奴がいて、乗った重みの正体は缶コーヒーだった。 「いや……って、俺どんな顔してた?」 質問しながらも、慌てて視線を月に戻した。 あいつはくすっと笑って言った。 「この世の終わりみたいな顔」 言い終わった後もくすくすと笑い続けている。そんな一年後輩のあいつが所属する隣の課は、とうに皆帰ってしまって、フロアの照明も消えている。 そう、奴はあの日以来なぜかこうしてたまに俺を待っている。 「秋ですねえ」 のんきに言いながら、俺の隣へやってきた。なんだか嬉しそうに。 「秋、好きなのか?」 「秋が特別好きというわけではないですよ」 じゃあそんなににこにこ笑ってるのはなんでだ?と首をかしげていたら、あいつは夜空を見上げてあっ、と声を上げた。 「今夜も、月がきれいですね」 「ん?ああ、あの時みたいだな」 二人で見上げた月は、もう物悲しさを連れてはこなくて、かわりに、潮が満ちるように暖かく心が満たされていった。 【おわり】

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