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2018年3月10日参加 お題 ・またいつか ・桜 ・思い出 「花見は行ったことあるか?」 ユキの問いに、伊織は目を閉じ静かに首を横に振る。ユキの予想通りの答えだ。 高校2年になる伊織は複雑すぎる家庭環境に育ち、さらに友達もおらず、あまりにも世間を知らなすぎた。カラオケも、ゲーセンも、海も、一つ年上の恋人・ユキと行ったのが初めてだった。 「花見って、具体的に何するの」 「そりゃ花見っていうぐらいだから、花を見んだよ」 「そんなの、別に普段外を歩いてれば見れるでしょ、そうではなくて?」 「んーああ、まあ確かにそうだけど。普通花見っつったら桜だ。次の土日、行ってみるか」 いや別にそんな意気込まなくても、今からでも桜の木の通りに行けば見えるのに、と内心伊織は不思議に思っていた。 土曜日。約束通り2人は近くの桜が咲き乱れる並木道を歩いていた。 桜はまさに満開といったところで、お祭りでもあるかのように屋台の店がたくさん並び、なかなかの人出だ。 屋台の店と人を除けば、視界は桜の白に覆われて、まるで雲の中にでもいるような気分だ。 「うわあ…きれい」 隣で感嘆の声を上げる伊織にユキは満足。伊織の真っ白な肌にほんの少し頬に赤みがさしていて、まるで桜みたいだとユキは思った。 「ねぇ、綿菓子食べたい」 いつになくはしゃぐ伊織に目を細める。 綿菓子でも何でも買ってやる。だから、来年も来ような。 やがて陽は傾き、桜の木に取り付けられたぼんぼりに灯りがともる。 昼間の明るく白んだ景色とは一変、暗がりに桜のピンクが浮き上がって、なんとも幻想的で、かつ扇情的にも見えた。 「夜桜見物もオツなもんだろ」 ユキが伊織の腰に手を回す。伊織はコクリと頷いた。 「桜はもちろん綺麗です。でもそれより」 一旦言葉を切ると、伊織はユキに向き直って、こう言った。 「ユキとこうやって一緒に見られて、嬉しい。連れてきてくれて、ありがとう」 控えめな微笑みを浮かべる伊織を、ユキは人目も憚らず抱きしめた。 「おう、来年も再来年も一緒に見るぞ」 いつのまにか降り積もった、伊織の頭の上の桜の花びらを払ってやる。 やっぱり、コイツは花びらとおんなじ色の肌してるな。 ユキは独りごちてクスッと笑った。 「うん、約束」 2人は小指を絡ませて笑い合った。 あれから何年経ったのだろう。 今頃、あなたもどこかで舞い散る花びらを見ているのでしょうか。 僕ではない誰かの上に降り積もる花びらを、優しく払ってあげているのでしょうか。 満開の桜に、激しい雨雫が叩きつける。 この雨が止む頃には、おそらくすべて散ってしまうだろう。 自分の心の中も、激しい雨がすべて洗い流してくれたらいいのに。 何もかも綺麗さっぱりなくなってしまえぼいいのに。 伊織は窓の外を眺めながら思う。 桜の香りが、毎年毎年律儀に、苦味を伴う儚い思い出を運んでくる。 花見をしたのは後にも先にもあれきりだ。 またいつか、あの時のような気持ちで桜を愛でられる日が来るのだろうか。

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