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第1話 宴のあと①

 高校の卒業式を終えて、和樹(かずき)涼矢(りょうや)の部屋にいた。  一週間ほど前に受けた同級生の涼矢からの告白。その場で涼矢にキスをしたのは、同情からだったと思う。その数日後にデートに誘ったのも、叶わぬ恋と知りながらも、三年間自分を思い続けてきて、そして、卒業したら二度と会わないと思い詰める盟友に、せめて最後に慰めになるような思い出を…と思ったに過ぎなかった。  しかし、涼矢とのデートは思いのほか楽しかった。涼矢のことは、今まで水泳部のライバルとしてしか見てこなかった。真面目で良い奴だが、無愛想だし、無口だし、とりたてて面白味のある奴ではない。それが和樹のいだく、涼矢の印象だった。だが、デート中の涼矢は意外とよく笑い、よく食べ、今までつきあってきた女の子たちとのデートよりもよほどリラックスした、楽しい時間を過ごすことができた。思えば元から音楽や漫画の趣味も似ており、気が合って当然だったのだ。いつしか和樹は、涼矢ともっと語りたいと思い、また、時折見せる上目使いや赤らむ頬にときめきを感じるようになっていた。そんな自分に狼狽えながらも、涼矢の手を握り、口づけをせずにいられなかった。和樹は自分の恋情をはっきりと自覚して、自分とつきあってほしいと涼矢に伝えた。  涼矢は自分の想いが通じたことを喜ぶが、同時に怖れずにはいられなかった。三年間の片思いの分、和樹の言葉が信じきれず、戸惑った。しかし、和樹の熱烈なアプローチの結果、涼矢はそれを受け容れる。  そして卒業式の後。二人は涼矢の部屋で、体を重ねた。  和樹は間もなく東京の大学に進学する。遠距離恋愛の不安は依然として持ちつつも、気持ちと体の通じ合った「今」を愛おしんだ。  二人が静かに抱き合い、気怠い幸福感に包まれていたその時、二人のスマホが同時に振動して、メッセージ着信を告げた。クラスや、部活の仲間たち、それに和樹のほうは母親からも。内容はみんな似たり寄ったりで、「今どこにいる?」「どういう予定でいるのか?」といったことだ。もう一時間以上も前からいくつもメッセージが飛び交っていたらしい。和樹たちがそれどころではなく、気が付かなかっただけだった。 「返事するの、面倒だな。」と和樹が言うと、「和樹のその全裸画像でも送っておこうか?」と涼矢が言った。 「それより、俺らのキス画像でも送ってやろうぜ。『こういう状況なので、参加できません』ってつけて。どうよ?」 「和樹のお母さんにも送れるんなら、いいよ、それでも。」 「できるか。」和樹は笑った。涼矢もつられて笑う。和樹が「でも、まだみんな盛り上がってるっぽいから、今からでも行く? なんかもう、部活もクラスも関係なくなって、残っていられる奴だけ残ってるみたい。奏多(かなた)とかもいるってよ。」と言い出した。 「えっ。」 「一緒に行かない?」 「手つないで?」 「いいよ。」和樹は微笑んだ。「みんなの前でキスだってしてやるよ。おふくろへのカミングアウトは、ちょっとまだ時期尚早だけどな。」 「マジかよ。」 「涼矢がそうしたいなら、俺は平気。」 「馬鹿言え。平気なわけないだろ。みんな引くわ。」涼矢は和樹から離れ、立ち上がった。「でも、そうだな。和樹は、東京に行く前にちゃんと挨拶しておいたほうがいいかもな。」 「必要な奴にはもう連絡先も教えてるから、別にいいけど。」 「まあ、そう冷たいこと言うな。おまえがどうでもよくても、おまえとつながっていたい奴だっているよ。」 「そんなこと言われるのは心外だな。涼矢のほうがよっぽど他人に無関心だと思うけど。とにかく、おまえも行くなら俺も行く。」和樹は冗談めかして言いながら、服を着始めた。 「和樹は、自分に向けられている好意に無頓着なんだ。好かれることに慣れきってて。俺のことだって単なる部活仲間ってだけで、視界に入っていなかったろ?」 「だから、そういうこと言うなって。」和樹は涼矢を軽く小突いた。

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