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<第1章>   第1話

征治(せいじ)が昼食を終えてオフィスへ戻ると、休憩室の方から楽しそうな女子社員の声が聞こえてきた。 「やーん、すごく優しそうな人じゃん!」 「式はいつ頃の予定なの?」 ああ、誰か結婚でも決まって同僚への告知のシーンなんだな。 今時、結婚退職しないよな?いや、デキちゃった婚だと近々あり得るかもしれない。欠員補充を予測しておかなければいけないな。 そんなことを考えながら自分のデスクへ向かう。が、辿り着くまでにドアが開放された休憩室から姿を見つけられたらしく、女子社員達から声が掛かった。 「松平さーん、原田さん結婚が決まったんですってー」 せっかく呼んでくれたのだから相手をしないと。皆から王子スマイルと呼ばれる笑顔を貼り付け、休憩室へと進行方向を変える。 「原田さん、それは、おめでとう。どんな人なの?」 「えっと、同じ大学の先輩で、今は信用金庫に勤めてて・・・」 「ラガーマンなんですって!かっこいいですよね!」 「もう5年も付き合ってたんですってー」 「もー、幸せそうな顔しちゃって!」 本人がまだ話し終わらないうちから周りの女子がかぶせて話すからうるさいが、女子は勝手に話を進めてくれるからある意味ラクだ。 そのうち、外に食べに出ていた若手男性社員もちらほら戻ってきて、こちらの騒ぎに気付き、「なになに、どうしたの?」と輪に加わる。 このあたりは、風通しのいい社風でコミュニケーションが上手くいっているのが目に見え、社長の意向通りにいっていてよいと感じる。 「松平さんはまだ結婚しないんですか?」 ほうら来た。 「社長を差し置いて、そんなことできないよね?」 あははははと皆が笑う。 「確かにー。社長拗ねそうー」 「というか、悔しがりそう?」 また勝手なことを言って。だが皆が社長をネタに笑い転げられるのは、まあ彼が皆に愛されている証でもある。一応、話題にも参加したしそろそろ退散させてもらおう。 「休憩、あと10分もないよ。お弁当食べ終わってない子が何人かいるよー」 そう声を掛けると、数人の女子が慌ててテーブルに向かい直した。 自分のデスクに戻る征治の頭に持論が浮かぶ。俺は結婚はしない。そんな恐ろしい事、みんなよくできるよな。そんな全幅の信頼を置ける人間なんてそうそう出会えるもんじゃない。きっとそのうち裏切られて痛い目に見るに決まっているのに。 デスクに向かい、午後に取り掛かる予定だった仕事のリストをチェックしていると、 「おーい、松平、ちょっと来てくれー」 という社長の山瀬の声がした。

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