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第10話
「俺は、征治を見ていると時々弟のことを思い出す。お前の中の怒りと諦め、幸福なんて信じている奴は裸の王様だと思ってるその感じがな」
征治は驚いて山瀬の顔を凝視する。自分が唯一信頼して心を開いていると思っていた相手にこんな風に思われていたとは。
「でも、親父さんの事件の前はそんな奴じゃなかった。いいところのボンボンで悩みなんてなさそうで、その育ちの良さから寛容で警戒心もなく、理工の変人と言われていた俺を紹介されても動じもせずひょうひょうとしていた」
山瀬との出会いを思い出す。大学のテニスサークルの友人である後藤に「同じ大学の2学年上に従兄 がいる、おもしろい人だし休日に一緒にテニスしよう」と紹介されたのだ。
後藤が会員になっているテニスクラブに赴くと、変なちょんまげ男がいた。
ぼさぼさの髪を後頭部で輪ゴムで結わえている。大学にもよくいるおしゃれ系を気取った長髪男子が下の方でまとめているのとは違う。びょんと後ろに突き出した髪の束を纏めているのは髪用ではなく、どこでも見かけるあの茶色い普通の輪ゴム。
おまけに無精髭だらけで、掛けている眼鏡の片側のつるが壊れているのか、緑色のテープでぐるぐると固定されている。あれは引越屋がよく使う養生テープってやつじゃないのか?
「ぎゃははは、亮ちゃん、なんだよその恰好!」
後藤が可笑しそうにその男の肩に腕をかける。
「ん?ここんところ、実験でこもりきりでコンタクト買に行く暇も眼鏡直しに行く暇も、髪切る暇もなかった」
「そんなこと言って、俺の誘いには来てくれてんじゃん」
「おうよ、この前の試合、うかつにもお前に負けたからな。リベンジを果たしに来たのじゃ!それにこっちの方が楽しそうだったし」
そう言って、がはははと笑う。
・・・この人、大雑把すぎないか?
「征治、この人こんなナリしてるけど上場企業の社長令息だからね」
正直びっくりした。しかし、その落ち武者みたいな男が俊敏に走り回り、華麗なジャンピングサーブを正確にラインぎりぎりに叩き込んでくるのには更に驚いた。そしてやたらとゲーム運びが上手い。
そして、中学から続けてきたテニスの腕にはそれなりに自信があった征治は、その男にコテンパンにやられてしまったのだった。
それからしばらくして、電車のなかで突然見知らぬ男に肩を掴まれ「おう」と声を掛けられた。
・・・この不躾な男は誰だ?
「えっと、ケダモノ君だっけ?」
「慶田盛(けだもり)です」
ムッとしながら睨み返すと、ああそうだったとへにゃりと笑う顔を見て、やっとこの前一緒にテニスをした後藤の従兄であるとわかった。それほどに別人の様だったのだ。
目の前の男はこざっぱりとした服に身を包み、勿論無精ひげも無ければ眼鏡も掛けていない。快活な青年といった感じだった。
「慶田盛君、テニス上手いね。またやろうよ」
「上手いなんて。この前は完敗でしたよ?」
「いや、俺の好きなプレースタイルだった。ただパワーで押してくるだけの奴って面白くないのよ。ああいう頭脳プレーが楽しい」
ああ、それでか。征治は納得した。この前、負けたのに楽しかったのは。駆け引きが面白くて、ポイントを取られてもいらだつのでなく、そうきたか!と言う感じだった。
それから、山瀬というその男と征治は親しくなった。度々テニスの時よりも酷い落ち武者ぶりで学内をうろついたり、学部棟の中庭で生物部の友人からもらい受けた余り物のサンマを焼いてみたりと、確かに山瀬は理工の変人と呼ばれていたが、その型破りな言動はあまり普段から逸脱したことができない征治から見れば眩しくみえた。
その端的なものが、山瀬が大学4年の時に仲間と会社を立ち上げたことだった。
会社社長であり、地方の県会議員でもあった父親から、子供の頃から進むべき道を決められて心では反発しながらもその通りに進んできた自分。
自分の父の会社とは桁違いな大きさの会社社長の息子でありながら、自由にそして自分の力で進む道を拓いていく山瀬。器の違いを見せつけられながらも憧れに近い気持ちを持った。
そしてなにより山瀬の評価を絶対にしたのが、征治の父親の事件だった。
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