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第11話

征治が大学3年に進んですぐ、マスコミが父親と裏社会との繋がりをすっぱ抜いた。 征治にとっては青天の霹靂だったが、県の有力議員のスキャンダルと芋づる式に明るみに出た会社の粉飾決算が連日マスコミによって流され、父親は逮捕された。 もともと体が弱く入退院を繰り返していた母親は、そのころから衰弱が激しくなり3か月を待たずに亡くなった。 逮捕されたことで信用を失った会社は、元々が父親のワンマン経営だったこともあり、裁判の判決を待たず倒産した。 永年仕えてきた使用人たちに泣かれ、なんとか家の事や奨学金の段取りをつけて東京の大学に戻った征治を待っていたのは、今まで友人だと思っていた人たちの冷たい視線。 付き合っていた女性もヤクザと繋がりがあるなんて怖いと去っていった。 慶田盛(ケダモリ)という目立つ苗字が、連日報道された父親のスキャンダルと征治とを簡単に結び付けた。 実は、母は死の直前に父と離婚手続きを取っていた。 母は華族の流れを汲む地元の名家の娘で征治達が生まれ育ったのも母方の先祖から引き継いだ広大な屋敷だった。歴史的価値もあるその屋敷が借金のかたに取られマンションなどになっては先祖と地元に申し訳がたたないと、また、二人の息子を守るため両親は離縁という形をとり、征治と弟は母の旧姓である松平になった。 そのことがまた『目立つ名前を変えて責任逃れをしようとしている』と一部の口さがない連中の格好のネタとなった。 「征治とは何にも関係ないじゃないか」と後藤は変わらず接してくれた。山瀬もその時すでに卒業していたが、征治のことを心配して電話をくれ、自分も仕事の納期で追われているのに、気分転換にテニスでもしようと声を掛けてくれた。 父親から会社を引き継ぐため、経済学部に入って経営を専攻しろと命じられ、法律の方も勉強しておけといわれてその通りにやってきたのに、もう引き継ぐべき会社は無い。きっと就職も厳しいことになるだろうと、慣れないアルバイトをしながら勉学に一層打ちこんだが、実際の就職活動では打ちのめされた。 一流大学で優秀な成績を修めているのに門前払いばかりで、征治は自分の名前がブラックリストに載って出回っているとしか思えなかった。 経済的に苦しくて就職浪人などできないし、周りには公務員試験を目指す者もいるが、執行猶予がついたとはいえ、身内に前科者がいるのは厳しいだろう。途方にくれていたとき、山瀬がいい給料の保証は出来ないが、自分の会社に来いと言ってくれたのだ。 征治はその恩に応えるべく、がむしゃらに働いた。山瀬と二人三脚で歩くどころか突っ走ってきたおかげで、会社もここまで成長できたと思う。 「征治、お前は優秀だ。だがな、心の成長が親父さんの事件の時から止まってしまっているんじゃないか? 確かにお前は自分と全く無関係ないことで理不尽な目に合った。お前は自分で気が付いていないかもしれないが、裏社会と癒着していた父親に怒り、あることない事騒ぎ立て、病弱な母親の命を縮めたマスコミに怒り、身勝手な弟に、手のひらを返すような態度をとったの周りの人間に、自分の将来の芽を摘んだ企業に怒った。 そして、お前は他人を信用することをやめてしまったんだ。端から信用していなければ裏切られることもないからな」 征治は何も言い返せなかった。 征治が上辺だけ取り繕って周りと接していることも、山瀬には全てお見通しだったのだ。 「周りに叩かれて弱っているとき、怒りは自分を支える力になることもある。でもな、そうやって他人を別世界に切り離して、幸せだと言っている人間をバカだと見下して生きていくのは寂しすぎるだろ?お前、何のために生きてる?」 ・・・確かに俺は何のために、生きているんだろう。 「俺は死んだ弟が哀れだった。勿論、やりたいことを何もできないまま若くして死んでしまったその事実も哀れだ。 だが、短い間でもこの世に生を受けて、楽しいことだってあったはずなのにそれを忘れ、なんとか弟を助けようとしている人たちに囲まれていたことに感謝も出来ずに怒りと諦めに埋もれて死んでいったことが、哀れに思えた。 でも多感な時期をずっとベッドの上で過ごし、やっと17になったばかりの弟には無理もなかったのかもしれない。だけど、征治はもういい大人だろう?」 はっとして、改めて山瀬の顔を見つめる。 「俺は人間ていうのは自分や周りの人間の幸せを追求していく生き物だと思うんだ。勿論、幸せと一言で言ったって人によってその形は様々だ。俺は『春告げ鳥』を読んだとき、真っ先に征治に読ませたいと思った。だから秦野青嵐にも一緒に会いに行こうと言ったんだ。 なあ、征治。そろそろお前も一歩踏み出せ。いつまでも被害者でいるな。傷つくことを恐れるな」 征治の顔を覗き込むように語り掛ける山瀬の目は温かい色をしている。 この人はずっと俺の事を兄のように見守ってくれていたのだと思うと、不覚にも鼻の奥がツンときた。征治は黙って頭を垂れた。

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