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*** 「はーなーせー!放せよー!」  彰に担がれて外に出た空海が大声で叫ぶ。 「暴れんなって。マジで無くなるぞ?空海が食べたがってたやつ。一日三十個しかないんだからな」 「ケーキなんかどうでも良い!降ろせ!帰る!」 「空海。無理やり連れてきたのは申訳ないと思うけど。基くんは今大切なお話してるから、少しだけ我慢して?」  我慢。大地の事だって。彰の事だって、空海は何度も我慢してきた。なのに大地はまた我慢しろと言う。 「やだよ!」  基が現れて解放されたはずなのに。 「なんなんだよ!アイツ!」  彰が現れた頃とお同じ感情が空海の中に芽生える。だから、ここにいちゃいけない。早く帰らなきゃいけない。 「放せ!降ろせ!俺だけ仲間はずれにすんなっ!」  自分だけが取り残されていく。大切なものが奪われていく。 「やだっ、やだっ!」  思いっきり蹴った足が彰の腹に当たり、彰の力が緩む。 「彰さん大丈夫?空海!待ちなさい……」  大地の声がどんどんと遠くなり、必死に走る家までの距離が長く感じる。ようやくたどり着いた玄関のドアノブは、ガチャガチャと音を立てるばかりで一向に開かず、空海は玄関チャイムを鳴らす。 「基っ、基っ!」  バンバンとチャイムを叩き、ドアを叩き、微かに手が痛くなった頃、玄関の扉が開く。 「基……っ!」 「空海……?」 「基まで、いなくなんな……っ!」  空海は抱き着いた基の服をぎゅっと握りしめ、目からは涙が溢れていた。 「えっと。なにがあったか知らないけど。オレはここに居るよ?空海のそばに居るよ?」 「ずっと、ずっとだぞ?」 「うん」  基は空海の頭をゆっくりと撫でる。 「大丈夫。大丈夫だよ。離れたりしない。いなくなったりしない。……ここがオレの大切な場所だから。どこにも行かないよ」  見上げた基の目に映っていたのは、慌てて戻って来た大地だった。空海はスンと鼻を鳴らし、もう一度基に抱き着く。 「基。ケーキ。一緒に買いに行こう。一日三十個しかないから、早くしないと無くなる」 「あ、うん……」  戸惑いながら、でもどこかほっとした顔で基は振り返る。 「……古庄。行って来ても。いい、かな……?」 「ああ~。したら、俺帰るよ……」 「……じゃぁ、また学校でね……」 「……おう……またな……」  空海の目の端には、首を掻きながらどこか遠くを見つめる古庄が通り過ぎていった。 「基……」 「……準備するから待ってて」 「うん」  空海が基から離れると、基はどこか元気のない顔で階段を上がっていく。数分後。シャツを着替えた基が階段を下りてくる。その表情はさっきと一向に変わらない。 「基、行こう」  空海が基の手を引いて歩き出す。その後ろをついて来る大地と彰。無言で手を繋いで歩く空海は、基を元気にさせる話をしたい。でも、何も浮かんでこない。こんな時空気を読まずに馬鹿な事をする彰も、なぜか何も言ってこない。 「つかえね……」 「なんか言った?」 「いや。彰がケーキ二個ずつ買って良いってさっき言ってたぞ。基は何にするんだ?」 「んー。オレはなにがあるか知らないから……見てから決めるよ」 「俺は、限定のとショートケーキにするんだ。基も同じのにしろよ!」 「ショートケーキか……それもいいね」  少しだけ笑った基に空海は笑顔になると、改めて手をきゅっと握り、ケーキ屋に向かう。  たどり着いたケーキ屋には、目移りするほど沢山のケーキが並んでいて、クマの形をした限定ケーキはあと残り三つと書かれている。 「あ、基。これもおいしそうだぞ。これにしろよ」  空海が指さした先には、沢山のフルーツが乗ったタルト。 「じゃあ、それにするよ」 「決まりだな。すみません……」  彰が店員に声をかけ、箱の中にクマのケーキとショートケーキ。タルトにミルフィーユ。そしてゼリーが詰め込まれていく。そして店を出た彰は立ち止まり、基と空海を呼び止める。 「空海、基。この後大地とスーパーに買い物行くけど、一緒に付いて来るか?」 「ついてくよ」 「帰る!」  基と空海から同時に発された言葉。 「なんだよ、基。帰んないのかよ。早く帰ってケーキ食おうぜ」 「空海!ケーキはおやつの時間まで食べちゃダメっ!」 「え~……。じゃ、付いてく……」  大地に諭された空海は基の手を握って、にかっと笑う。古庄と基に何があったのか。大切は話しとは何だったのか。空海はよくわからなかった。でも基がここにいると言うのだけは分かった。今は、それだけでいいと空海は思った。 「彰―。付いてってやるから、お菓子買っていいか?」 「空海、今ケーキ買ったでしょ?」 「んじゃー。明日の分買うかー」 「彰さんも、甘やかさないで。それに、ケーキ二個も食べさせないからね。明日は残りのケーキ食べるの」 「だとさ。空海。残念だったな~」 「べ~つ~に~」  目の前には大地と彰。空海の横にはふわりと笑う基。そんな基の腕をくいくいと空海は引っ張る。 「なぁなぁ。さっきのケーキ一口くれ」 「そんな事だろうと思った」  そう言って基はまた笑う。その笑顔に空海はなんだかムズムズとした気持ちになった。

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