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 四日前。熱で感情が不安定になってたとは言え、基に酷い事を言った。それなのに休んでる間、基は古庄を心配してるメッセージをくれた。だから距離を置こうと思った。  友達をやめたいわけじゃない。これからもずっと友達であり続ける為の距離を保とうと思った。なのに今日はちょっとやり過ぎてしまった気がする。  古庄はベッドに寝そべり、頭に入ってこない漫画を読みながらそんな事を考えていた。  基から一度だけ送られてきた、あの男性の事を話したいと言うメッセージ。古庄があんな言い方をしたから基は古庄に気を遣ってる。 「はぁー」  ぐるりと体を反転させ、横にあるスマホを横目で見る。さっき基から届いた一通のメッセージ。 『明日のお昼。サンドイッチ作っていくから食べて欲しい』 「あぁー」  本当に困る。体をじたばたと動かしても、左右に転がっても、スマホの画面にはしっかりと映し出されている言葉。  基は無意識に古庄の欲しい言葉をくれる。時には予想以上の言葉をくれる時もある。だから期待してしまう。基にはそんなつもりはないんだと分かっていても、基の行動や言葉に期待してしまう時がある。 「はぁ……」  男が男を好きなんて気持ちが悪い。それも友達だと思ってる人がそんな気持ちで毎日、目の前で笑ってたなんて知ったら……。  基がどんなにショックを受けるか分からない。もうこれ以上基を傷付けたくない。 「あぁぁぁぁぁ~!もう!風呂入ってさっぱりするか!」  明日はもう少し柔らかく接して、良い距離感を掴んでいかないといけない。  だから、駐輪場でまずは挨拶をする。 「おっす基。おはよう」 「おはよう古庄」 「今日もノート貸してくれるか?」  早からず遅からずのタイミングで横に並んで教室に向かう。 「うん。ねぇ、古庄。学校で移し切れないなら、今日、家に来ない?」 「悪い。今日、ゲームの発売日でさ。買いに行きたいから、今度な」 「そっか。なら、明日は?」  明日は土曜日。なんて誤魔化せばいいのか。古庄は次の言葉を選ぶため、会話が途切れる。 「……古庄。まだ怒ってるんだよね?」  古庄は怒ってなどいない。でも、あんな風に言ったから基がそう思っていてもしかたない。 「べつに、怒ってねぇよ?」 「古庄ごめんね。オレ、古庄にずっと酷い事してきたよね。だから、古庄はオレに怒ってて当たり前だと思った。でもね。仲直りしたい。どうしたら前みたいに笑ってくれる?なにをしたら、古庄はオレの顔を見て話してくれる?」  自分の声や表情を意識する余り、基を見ていないことに古庄は初めて気づく。 「ごめん……本当に怒ってないから」  むしろ古庄が基を怒らせる事をした。なのにどうして。基はこんなにも優しいんだろう。 「昼休み、サンドイッチ一緒に食うな」 「うん」  そこに古庄が欲しかった顔があった。  それから基の顔を意識して、昼休みには一緒にサンドイッチを食べた。久しぶりの基の味。久しぶりに感じる基の感情。だから明日、基の家に行く事に決めた。基の話を聞くと決めた。  基が誰を好きであろうと、基になにがあろうとも基の友達でいると決めたから。 「大丈夫。俺は基の親友なんだから、大丈夫!」  そう言い聞かせて玄関チャイムを鳴らそうとした時。 「彰、大地。早くしろよ!」  そんな幼い声と共に玄関の扉が開き、何かが衝突した。 「うわ……?」 「あ、古庄。いらっしゃい早かったね」  受け止めた衝撃はじっと古庄を見上げ首を傾げている。 「おい、お前。誰だ?」 「オレの友達だよ。古庄上がって」  玄関から基にそう声を掛けられ、古庄は小さく頷いて男の子から離れようとする。すると、ぐいっと男の子にシャツを捕まれる。 「お前、コショウなのか?」 「そうだけど。胡椒じゃなくて古庄な。こ、しょ、う」  古庄が正すイントネーションを聞いた男の子の表情がみるみる変わっていく。 「こしょう……!こしょうってお前なのかよ!」 「空海?どうしたの?」  驚く基とほぼ同じタイミングでリビングから出てきた基の父親とあの男性。その二人はあっと声を漏らし、顔を見合わせ苦笑いしている。一体、何がどうなっているのか。古庄の頭は混乱していた。 「基が言ってた、こしょうくんが好きってお前の事なのかよ!」 「え?」  今にも襲いかかって来そうな男の子の口から出た言葉。それは確かにはっきりと、好きだと言った。基が古庄を好きだと。 「ほら、空海。ケーキ屋早くいかないと、無くなっちまうぞ」 「放せ!降ろせ!」  半ば強引に彰に抱えられた男の子は、申し訳なさそうに古庄に会釈したあの男性と一緒に右に曲がっていった。 「えっと……驚いたよね?」 「あ、あぁ……」  古庄は驚いたと言うより、未だに状況が理解できない。それよりも、確認したいことが増えた。 「中で話そう?」 「おお……」  久しぶりの基の家。久しぶりにダイニングテーブルから見る基の背中。その基が麦茶を二つ持って向かいの椅子に座る。 「はい……」 「ありがと」  受け取った麦茶はとても冷たくて。口の中から緊張の熱をすっと冷やしてくれる。基もまた、麦茶を一口飲むと、ふっと息を吐き古庄を見据える。 「古庄ごめんね。オレ、古庄にずっと話そうとしてたんだ。でも、どう話したら良いか分かんなくて……」 「うん」  ぽつり、ぽつりと話す基の指先は震えている。古庄もまた、緊張していた。 「……古庄が気にしてたあの人ね。父さんの。……恋人なんだ」 「こい、びと?」  衝撃的な事実に、聞き間違いかと古庄は思う。 「うん。それで、さっき大騒ぎしてた男の子がその人の子供でね……」  肯定された。古庄はあの人を男性だと思っていたが、勘違いだったのだろうか。だって、自分のような人間がそうそう身近にいるものではないと古庄は思う。 「今、一緒に暮らしてるんだ。男同士って、父さんの恋人が男性だって。古庄にどう話そうか、ずっと。ずっと迷ってて……」 「……やっぱりあの人、男性か……」  父親の恋人が男性で、それを受け入れている基。では先ほど男の子が言ってた、好きはそう言う意味。 「……変、だよね……。普通に考えたら、おかしい、よね……。男同士で好きなんて……気持ち、悪いよね……」  俯いてコップを握りしめる基の手はまだ震えてる。父親達の事もそうだけど。自分の事も言っている。そんな風に古庄には聞こえた。だから、古庄は基の震えを自分の手のひらで包み込む。 「そんなことない。そんなことねぇよ!」 「ほん、とに……?」 「当り前だろ!」  徐々に収まる震えと安堵する基の表情。自分達は両思いだ。そう古庄は確信した。 「男同士でも変じゃない。純粋に相手を好きになる事が間違いなわけない。だから、俺は平気だよ……」  基が古庄が好きだと知っても。気持ち悪いだなんて思わない。むしろ。 「よかった……。古庄にこの話して、嫌われたらどうしようって思ってたんだ‥‥‥古庄にだけは、分かって欲しかったから、嬉しい‥‥‥ありがとう」  勇気を振り絞って話してくれた基の表情は、今まで見てきた中で最高に、可愛くて、かっこよくて古庄の胸の中が熱くなる。 「基!俺の方こそありがとう。俺、こんな日が来るなんて思ってなかった。だから、すげぇ嬉しいよ!」  嬉しくて落ち着かない古庄は思わず席を立ち基の隣の席に座り直す。基はそれをずっと目で追っている。 「古庄は、相変わらず大げさだなぁ」 「大げさなんかじゃねぇよ。俺、ずっとこうなりたいって思ってた。基が好きだって、ずっと思ってた。もう、隠さなくていいんだな。もう、はっきりと言っていいんだな。俺、基が好きだよ」 「うん、あ‥‥‥?」  基との初めてのキス。夢にまで見た基の体温。抱き返してはくれないけど、黙って基は受け入れてくれる。 「基‥‥‥」  目の前に映る基は完全に状況を理解していない顔をして、瞬き一つしない。 「基?」  流石に展開が早すぎたかと古庄が反省していると、玄関のチャイムがなる。それは二度、三度と繰り返し。扉を叩く音まで追加された。 「基。誰か来たぞ‥‥‥?」  それはさながらホラーで、古庄は基を揺すると、どこかふわふわとした視線で歩く基の後ろを恐る恐る付いて行った。

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