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第2章第74話

 海辺に向けていた視線を神崎さんに移すと表情は真剣そのもの。僕は一呼吸置いて口火を切った。 「神崎さん?」  僕が名前を呼ぶと彼は深呼吸してゆっくりと話し始めた。 「AKIちゃん……大事な話があるんだ」  いつもなら優しく微笑む神崎さんだけど今は見た事ないような表情で僕はドキッとする。 「……話ってなんですか?」  僕が少し戸惑いながら伺うと神崎さんは僕を真っすぐ見て静かにこう言った。 「AKIちゃん……俺、AKIちゃんが好きだ」  低いトーン。眉毛一つ動かすことなく僕を見つめる。 「男の子だって分かっている。でも一緒に仕事してAKIちゃんを知る度、好きだって気持ちがどんどん大きくなった。俺はAKIちゃんを本気で愛している」 「……」  僕は神崎さんの言葉を飲み込めずにいた。好き? 愛している? その言葉が僕を混乱させる。 「俺と付き合って欲しい」  冗談? いや違う。彼は笑っていない。僕の頭はフル回転。それでも言葉が出ない。 「……」 「君の傍にいたい」  戸惑う僕。何を言えばいい? なんて応えればいい? 神崎さんは確かに素敵な人だ。真面目で優しくて大人で。でも僕は……。 「……あの……」  ふと頭に過った大和の存在。流されたら駄目。僕には大和がいる。 「AKIちゃん……」  名前を呼ばれた瞬間、力強く抱きしめられていた。僕は頭が真っ白になり抵抗すらできない。神崎さんの腕の中。僕は必死に言葉を探す。 「好きだ」  そう言って神崎さんは僕の身体を力強く抱きしめた。静寂の中、彼の心臓音が身体を伝う。ドクドクと心臓音が早い。抵抗出来ぬまま数分。ゆっくり離される身体。近づく顔……僅か数センチの距離で僕は言葉を絞り出す。 「……ごめんない」  ようやく言葉の意味を察した僕は、キスされる寸前で我に返る。 「……」  数センチの距離。彼はゆっくり顔を離した。 「……気持ちは嬉しいです。でも……神崎さんの気持ちには応えられません」  神崎さんは僕から目を離さない。曇っていく表情。それでも僕は声を振り絞った。 「神崎さんは素敵な人です。でも……」 「でも?」  僕の声が震える。正直に話すべきか……。僕は迷った挙句話し始めた。 「ごめんない。僕には……好きな人がいます」    僕の言葉に神崎さんの顔はますます曇って行く。暫くの沈黙の後、神崎さんは泣きそうな顔で口を開く。 「……相手は誰か訊いてもいい?」 「……ごめんなさい。言えません」 「……」    神崎さんはフーと溜息を吐き、空を仰いだ後、海へと視線を移した。どれくらい沈黙が続いたろうか? 長い静寂の後、神崎さんは静かに言った。 「AKIちゃんは今幸せなの?」  僕は返事に困ったけど小さく頷くと、神崎さんはそうか……と小さく呟いて天を仰ぐ。その姿に僕の胸がチクリと痛む。僕の声は震えていた。瞬間、もう一度神崎さんに抱きしめられていた。僕が離れようとすると神崎さんは泣きそうな声でこう言った。 「少しだけこのままでいさせて……」  力強く抱きしめられて僕は抵抗出来ず。神崎さんの身体は小刻みに震えていた。泣いている……。そう感じた時、僕の心はギュッと締め付けられた。

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