1 / 28
初えっち編 1
先輩はすごい。
正確には先輩が描くマンガはすごい、というべきかもしれないが、僕としてはやっぱり先輩がすごいのだと言いたい。
どこがすごいかというと、とにかくまず、絵がうまい。
ストーリー展開もおもしろくて引き込まれるし、コマ割りとかの細かいところまでセンスが光っている。
そしてこれは二次創作では何より大事な点なのだが、原作とキャラクターに愛がある。
大学のマンガサークルに入った僕が先輩が描いたマンガを読んで、原作を未読だったにもかかわらず感動し、その日のうちに原作を買いに走ったのも無理からぬことだと思う。
そのまま原作のファンになった僕は、今では自分でもその原作のイラストやマンガを描くようになったくらいだ(もちろん、先輩とはくらべものにならないくらい下手くそなのだが)。
そんなふうにして原作のファンを一人増やしてしまうくらい先輩のマンガはすごいのだ。
正直、先輩ならすぐにでもプロの漫画家になれるくらいうまいと思うのだが、それを先輩に言ってみたところ、「二次が好きで描いてるだけだから、プロとか考えたこともない」と言っていた。
そのストイックな答えに、僕がますます先輩のファンになってしまったのは言うまでもない。
そして先輩がすごいのはマンガだけではない。
身なりに気を使わないので目立ってはいないが、実はかなりかっこいい顔立ちをしているし、高校まで水泳をしていたとかで筋肉もついているし身長もそこそこ高い。
性格だって明るくて気さくで、行動力もあるからサークルのみんなにも頼りにされている。
しいて欠点を上げるとすれば、若干オタクにありがちな奇人変人っぽい香りがするところだが、それも一般人から見ればというだけの話で、僕たちの中ではまあ普通といえるレベルだと思う。
そんなわけで先輩のマンガに感動した僕が先輩本人に憧れるようになり、やがて先輩に恋愛感情を抱くようになるまで、さして時間はかからなかった。
一応は同性相手に恋愛感情を持つのはおかしいと考え直してはみたのだが、結局は先輩のすごさの前には屈服するしかなかった。
だってあんなにすごい人なのだ。
同性でも何でも、好きになるしかないじゃないか。
とはいうものの、先輩にこの思いがバレてしまうと嫌われてしまいそうなので、あくまでも僕の片想いに留めておくつもりだ。
幸い先輩はサークルの後輩で同ジャンルの僕をかわいがってくれているから、想いが通じることはなくても十分に幸せだ。
そしてなんとさらに幸せなことに、今日、初めて先輩の部屋に連れてきてもらった。
しかも他の人が一緒ではなく、先輩と二人きりでだ。
「おじゃましまーす」
「おう」
初めて入った先輩の部屋は少し広めのワンルームで、すっきりと片付いていた。
大きめの本棚にマンガがぎっしり入っていることと、机の上にデッサン人形と先輩の最愛キャラのフィギュアが一つある以外は一般人の部屋と言っても通りそうだ。
「あー、暑い暑い」
部屋に入るなり先輩はエアコンのスイッチを入れた。
「汗かいたから、ちょっとシャワー浴びてくるわ。
悪いけど、そのへんのマンガでも読んでて」
「はーい」
シャワーと聞いて思わずのぞきたくなるのをぐっとこらえ、ついでにかすかに先輩の匂いがするベッドにダイブしたくなるのもこらえ、僕は無理矢理、本棚へと目をやった。
マンガやラノベ、設定資料集などの他にポーズ集や原作に関連する一般的な資料などもたくさんあって、先輩がマンガを描くために色々と勉強していることがうかがえる。
そんな本の中に、高校名の入った卒業アルバムがあるのを見つけて、僕の目はそこに釘付けになってしまった。
卒業アルバムっていうことは当然、部活の写真もあるよな……。
先輩の水泳部時代の写真……、真っ黒に日焼けした競泳水着の先輩の写真……。
それを見たいという欲求に、僕はあらがうことが出来なかった。
大丈夫だ、卒業アルバムを見るくらいなら、別に変には思われないから。
そう自分に言い訳しつつ、ついに僕は卒業アルバムに手を伸ばした。
「……あれ?」
引き出してみた紙製のカバーはやけに軽い。
というか、明らかに中身がスカスカだ。
「……コピー誌?」
そのカバーの中身はアルバムではなく、数冊の製本されたコピー誌のような冊子だった。
ただし表紙にイラストもタイトルもなく、ただそれぞれの左下に手書きで「セ」とか「初」とか一文字だけが書いてあるだけだ。
「なんだろう……?」
試しに僕は表紙に「セ」と書かれた一冊の、真ん中あたりを開いてみた。
「……何だこれ!」
それは確かにコピー誌――しかも絵柄からして間違いなく先輩が描いたと思われる――だった。
だが問題なのは、その内容だった。
セーラー服を着た、だがしかし、股間には立派なイチモツがついている人物が、不自然に服をはだけられた状態で、ロープでエロく縛られた絵が、大ゴマでバーンと描かれている。
しかもそれだけならまだしも、そのセーラー服の人物はなんと『祐人』と、つまり僕と同じ名前で呼ばれているではないか!
それに髪型こそセーラー服に合うおかっぱ頭だが、顔立ちや体つきは明らかに僕に似ているから、僕がモデルになっているのはほぼ間違いない。
『祐人』を縛っている人物の方は、ギャルゲ主人公にありがちな感じに前髪で目が隠れているが、どことなく先輩に似ている……ような気がするのは、僕の希望的観測だろうか。
「お前……」
僕が自分の見つけてしまったもののあまりの衝撃に呆然としている間に、先輩はシャワーから出てきたらしい。
新しいTシャツとハーフパンツに着替えた先輩は、風呂上がりだというのに真っ青な顔をしていた。
「あっ!」
すぐさまこっちに走って来た先輩は、僕が見ていたコピー誌を取り上げ、ついでにアルバムのカバーに入ったままだった他のコピー誌も取り上げた。
「……見たよな?」
「……はい」
ばっちり開いているところを見られたのは間違いないので、僕が素直に認めると、先輩は悔しそうに言った。
「あー、くそっ。
ちょっと前までベッドの下に入れてたんだけど、この前他のやつに見つかりそうになったから、移動したんだよ。
やっぱり使うのに面倒になっても、もっと奥にしまっときゃよかった」
せ、先輩、使うって……。
それにベッドの下って……。
僕と変わらないくらいにショックを受けているらしい先輩は、僕にとってもさらに衝撃的なことを口走っている。
ベッドの下に入れていた本を使うって、それって間違いなく僕のエロ同人誌をオカズに使ってるってことではないか……!
もしかして僕だけじゃなく、先輩も僕のことを……と淡い期待を抱いている僕の前で、先輩はいきなり土下座した。
「すまん!
……実は俺、オリジナルは描かないんじゃなくて、描けないんだ。
既存のキャラは描けても、自分でキャラを作り上げて描くってことが出来ないんだよ。
どうしてもオリキャラを描く必要がある時は、知り合いか有名人をモデルにしてて……。
だからオリジナルのエロ漫画を書くのにもモデルが必要で、それで今年の一年の中で男女全部合わせても一番かわいかったお前を、ついモデルに……。
本当にすまん!」
「あ……」
先輩の必死の説明で、僕の淡い期待は無残にも打ち砕かれてしまった。
そういう事情であれば、先輩がオカズにしていたのは僕自身ではなく、あくまで僕をモデルにした『祐人』というキャラクターに過ぎない。
サークルの一年で一番かわいいからとモデルに選んでくれるくらいだから、全然望みがないわけじゃないのかもしれない。
けれども二次元の嫁と生身の恋人は全く別物、という人の方が多いのも事実だし、先輩は実在の人物を対象にする生モノジャンルではなくオリジナルだとはっきり言ったのだから、おそらく見込みは薄いだろう。
先輩は土下座したまま微動だにしない。
憧れの先輩にそんなことをさせたままなのが忍びなくて、僕は落胆を隠しつつ先輩に声を掛けた。
「先輩、顔上げてくださいよ。
僕、別に気にしてませんから」
「本当か!
ああ、高橋、お前はほんとにいいやつだな!」
がばっと顔を上げた先輩は、さっきの真っ青な顔はどこへやら、にこにこと上機嫌になっている。
「あ!
あの、先輩、その本、まさかどこかで売ったりは……」
いくらマンガでフィクションとはいえ、もし自分がモデルになったエロ本を不特定多数の人が見ていたらと思うと、さすがにぞっとして、僕はおそるおそる先輩に尋ねる。
「あ、それはない。
これ完全に自分用だから。
っていうか、修正入れてないから、このままじゃ売れないし」
そう言われてみれば、さっき見たページでは局部がばっちり描かれていて、黒線もぼかしも入ってなかった気がする。
「よかったー。
だったら構いませんよ。
っていうか、先輩のマンガのモデルにしてもらえるなんて、むしろ光栄です」
「そうか、そうか。
いやー、お前は本当にかわいいやつだな」
嬉しそうにそう言って、僕の頭をぐりぐりと撫でてくれた先輩の手の感触にドキドキしていると、ふいに先輩がなにかを思いついたかのように動きを止め、にやりと笑った。
「そうだ、高橋。
お前、俺のファンだって言ってたよな?」
「え? はい、それはもちろん!」
「ファンなら当然、この本読みたいよな?
なんせ普段は全年齢二次しか描かない俺の、貴重な18禁オリジナルなんだから」
「そ、それは……はい、読みたいです」
自分がモデルのホモエロ同人誌をどんな顔をして読めばいいんだという気持ちもあるが、先輩の未発表作を読みたくないはずがない。
それにさっき見た見開き2ページだけでもものすごくエロかったから、単純に男として、もっとしっかり読んでみたいという欲求もある。
「お前がそこまで言うなら、特別に読ませてやってもいい。
……が、それには一つ、条件がある」
「条件? なんですか?」
「この本を読ませてやる代わりに、お前でこの本の内容を再現させろ。
そうすればこの本を読ませてやる。
なんだったら、この本をやってもいい」
「さ、再現……」
再現ということは、あれか!
セーラー服はともかくとして、僕が先輩に縛られ、先輩にエロいことをされ、そしてあわよくば先輩に最後まで……。
それは僕にとって、その代償行為自体が最高のご褒美になるという、なんとも都合のいい取引だった。
すぐさま先輩の言葉にうなずきそうになった僕は、しかしどうにか思いとどまり、あらためて冷静に考えてみる。
先輩にとって僕は、先輩に片想いしている男ではなく、先輩を信奉している後輩だ。
そういう人物が果たして、先輩の提案した取引条件を飲むだろうか。
あらためて考えた僕の答えは、イエスだった。
もし僕が一般人なら、当然答えはノーだっただろう。
だが幸運なことに僕は、オタクという何よりも萌えを優先させる特殊な種類の人間なのだ。
僕と同類の男なら、萌える作品を読むためなら、ケツを貸すくらいは何でもないという奴は山ほどいる……と思う、たぶん。
「……分かりました。
その条件、飲みます」
ドキドキしながら僕がそう答えると、先輩はものすごく嬉しそうな顔になって大きくうなずいた。
「よし! よく言った!
じゃあ、善は急げだ。
さっそく今から頼むわ。
あ、いきなり『セーラー服緊縛編』はハード過ぎるし、セーラー服の準備もしてないから、とりあえずは『初えっち編』にしとくか」
そう言うと先輩は、僕から取り上げたままだった同人誌を持ったまま、そそくさと立ち上がった。
「ちょ、先輩、その本見せてくださいよ」
「あー、後でな」
「後でって、読まなきゃ再現できないじゃないですか」
「大丈夫、大丈夫。
初えっち編ならテンプレ通りの内容だから、普通にやってれば読むまでもなく再現できる。
っていうか、お前はほぼ寝っ転がってるだけだから」
「えー、そんなぁ。
そんなこと言って、結局読ませないつもりじゃないですよね?」
「心配するなって。
終わったらちゃんと読ませてやるから」
僕と会話をしながら、先輩は同人誌を机の上に置くと、クローゼットの奥の方からプラスチックのボトルを出してきた。
「悪い。ローションはあるけど、ゴムがなかった。
病気は持ってないし、中には出さないようにするから、ゴムなしで我慢してくれ」
「それは別にかまわないですけど……、なんでゴムはないのにローションだけあるんですか?」
「ん? オナホ用だけど」
舞い上がってしまいそうなのを何とかしようと、意図してどうでもいいツッコミを入れたのに、どうやら僕は自爆してしまったらしい。
先輩の明け透けな回答に、思わずオナホとローションを使って自家発電に励んでいる先輩を想像してしまって、あやうく鼻血を吹きそうになってしまう。
「ま、そんなことより、早くやろうぜ。
とりあえず立ってくれるか?」
「あ、はい」
先輩にうながされて、僕は立ち上がった。
これから始まる『初えっち編』の再現という形を借りた、僕にとっては正真正銘の初エッチへの期待と不安にドキドキしながらも、僕は覚悟を決めて先輩をまっすぐに見つめた。
ともだちにシェアしよう!