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第8話 光長side
離れに戻れという言葉に、最後の気力でそこへ辿り着いた。せめて殺されるなら信義様に。他の人は絶対嫌だ。前に隠れた中庭で信義様を待つ。大丈夫。彼なら見つけてくれる。
そのまま待っていると、誰かが離れに入ってくる。何かを探すかのように渡り歩いていたが、すぐに部屋から出ていった。早速殺しにきたのだ。絶対にここから出てはいけない。
雨が降っているが、そんなことはどうでもよかった。流れる水が私の汚れた心も洗い流してくれたならこんな辛い思いをしなくてもいいのに。
冷たくなる温度は一年前の川の中に似ている。どこもかしこも私には辛い場所だが、ここだけは唯一無二の拠り所のはずだった。
「光長、いるか?」
すっかり冷えきった体になる頃、信義様の私を呼ぶ声が聞こえ、ゆっくり雨の中を立ち上がる。私に気づきこちらを歩いてくるが、その足取りは軽く速い。
「良かった。ここにいたのだな・・・・・・っ」
強く抱きしめる腕は相も変わらず心を擽るが時間がない。もういつ私が殺されるのか分からない。名残惜しさを感じながらも、彼の腕をそっと解き、銀の刃物を渡す。
刃先を左胸に向け、信義様を待つが、どこか戸惑いを見せる彼は、酷く憂いを帯びる顔で私に、殺さぬと言った。
「私は殺さぬ」
再度そう言って、刃物を私に返す。なら誰が私を殺すのだ。貴方じゃないなら、私は誰に。
突如巻き起こった怒りの感情に、私はその刃物を強く握りしめていた。この方は私が何処の馬の骨ともわからぬやつに殺されても良いと思っているのか。
「私は貴方を、愛していたのに」
雨は容赦なく降り注ぎ、目からは大量の涙が振り落ちる。殺してくれないならいっそ、私の手で。
ゆっくりと振り上げた手を彼は止めなかった。避けられたはずなのに、私だけを殺すことも出来たはずなのに。
突き刺すとともに嫌な感触が腕に伝わる。彼から溢れる赤い血は、雨に流れて大きく広がる。刺された後、口から血を吐き、彼は苦しげにその場に足をついたが、赤く汚れた私の手を強く握りしめる。
「泣かな、いでおくれ」
流れ出される赤は止まることなく、紫の花を染めていく。自分のした事を再確認させられるその光景は、私を深く抉った。
「み、つなが・・・・・・」
胸を抑えていた真っ赤な手を私の背中に回し、ゆっくり胸元に私を寄せる。震える手先は私の体にも直接響いて、胸の律動を早めさせた。
「あ、いしてる。あの日から、ずっと、ず・・・ゲホゲホッ」
吐き出された血は私の顔にかかり、彼はそれを拭き取ろうとしたが、だんだんと弱まる力は届かなかった。
幸せそうに微笑む信義様はそのまま力なく私を包む手を緩めた。それから何度呼びかけても私に答えてはくれない。
「信義様・・・っ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめ・・・なさ」
たった一つの守りたいものだったのに。私は彼と生きたかったはずなのに。私にのしかかる重みはもう二度と私を呼んで、抱きしめてはくれなかった。
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