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第67話※

※中盤 暴力表現があります。 苦手な方は“霞視点”が目に入りましたら“数時間後”の部分まで飛ばしてお読みください。 病院に戻ってきた俺達は入口で待っていた霞先生に迎えられた。 「――すみません、先生。色々と……」 謝る俺に先生は何も言わずに「おかえり。二人とも」とだけ微笑む。 「雨で冷えたろ?早く入って」 頷き、車椅子に乗せた気を失ったままの昴さんと一緒に病室へ向かった。 ―――――― (…………昴さん) 隣のベッドに眠る彼は先ほどまでの凶暴さはすっかり消えていた。 とはいえ、目覚めた時にとも限らないという判断で軽く麻酔を打たれ、拘束具付きのベッドに四肢を繋がれている。 まるで猛獣のようなその扱いが、仕方ないとはいえ、胸が痛む。 『申し訳ありません、雪藤さん……これがお互いのためなんです』 東さんは自分も辛いだろうに俺に対して頭を下げ、 『事故は、君のせいじゃない。別の部屋で休んでいいんだよ?』 霞先生は気を遣ってそう言ってくれた。 でも俺は。 『ここに……――――昴さんの隣にいさせてください』 (きっと今、俺も離れてしまったら……) 目覚めた時に誰もいなかったら、今度こそ。 さっき気付いてしまったから――――俺は、昴さんが昴さんじゃなくなる方が怖い。 『……大丈夫、ですから』 それでも不安げな二人だったけれど、東さんの部下が来て何か告げた事で表情が(けわ)しくなった。 そして先に東さんが、霞先生は眠る昴さんの身体を最終チェックし、なにかあれば呼ぶように告げて部屋を出ていった。 (…………(あかり)……) あの後、現場に来たさんの話のなかで女性の遺体は出てこなかったそうだ。 単に江深(こうしん)組本家に連れてこなかっただけなのか、それとも―――― ぐっ、と服を握りしめる。 探しに行かなくちゃ、と思う反面、昴さんが出来なかったのに自分ができるのかという不安とやるせなさ。 そして気づいた、自分の無力さ。 (…………俺、一人じゃ……何も) 「ッ……くそ……!!」 思わずベッドを殴る。 「灯…………ッ」 顔を(おお)っても(あふ)れてくる、行き場の無い叫びを怒りを布団に壁に、余すことなくぶつけた。 「…………き……、……?」 「……ッ!」 ハッとして横を見ると、昴さんが薄く目を開けていた。 「…………?」 麻酔から覚めたばかりなのもあり、さすがに色々と理解が追いつかないようだが、その瞳に宿っているのは心配と不安。 普段の彼からは想像できないものだった。 「昴さん……目が覚めたんですね」 今先生を、と呼ぼうとする俺を「いい」と引き止める。 何となく記憶があるんだろうか。 予想がついているのか「拘束を外して欲しい」とも言わなかった。 「…………あか、りは……?」 一瞬、言葉に詰まる。 「――あそこにはいませんでした。今……引き続き東さん達が探してくれています」 正確に言うなら少し違うけれど“東さん”の名前を出したほうが安心するだろう。 「……そ……か」 「その……大丈夫、ですか……いや、じゃないのは分かってるんですけど、ええと……っ」  「ん……らい、じょーぶ」 舌足らずな言葉だけれど、安心させる目的もあったのか少し笑うように彼は言った。 「……あいつ、らは……ぶじ、か?」 あいつらと言われて首を傾げたが、すぐにああと思い直し、返事をする。 「ええ。打撲と擦り傷はありましたけど、そこまで深くはないそうです」 「……よかった」 「…………今はお二人とも、灯の捜索にあたってくれています」 「わかった……さんきゅ」 安堵と悔しさが混じった声でそう言うと、ふざけるようにハハッと笑う。 「あとで……しげたかさん、とあずまにも……せっきょう……される、な」 「それは……――そうかもしれないですね」 「あれ、ふぉろー、してくんねえ……の?」 「篤昂(しげたか)さんにも、東さんにも……お世話になってますし……俺も心配した、という意味では」 ちょっと怒られてください、という意味をこめてそう返した。 「あー……おにーちゃん、……さみしー、な……」 すっかり、いつもの彼らしい口調に内心喜び――――うっかり流しそうになった言葉に数秒遅れて反応する。 「お、おにーちゃん、て」 「あかり、が……もどったら……」 そこには天立(あまだて)組若頭の天景(あまかげ)昂牙の姿はなく、純粋に天景灯の兄としての姿があった。 「しろよ、けっこん」 まっすぐ、射抜くような瞳なのにどこまでも優しくて。 「なに、なやんで……んのか、よそ……はつくが」 いったろ、とまた少し笑う。 「おまえら、はおまえらだけのしあわせを、てにいれろ……って」 バレてましたか、と思わず頭を掻く。 天立組に出入りするようになって、気付いたこと。 彼女の隣で生きていくには自分は貧弱で迫力がなくて――彼女を護るにはあまりにも、と思っていた、から。 プロポーズなんて、もっと先になると思っていたのに。 「やくそく……な?」 「…………ッは、い……っ」 俺はほとんど反射的に頷いていた。 ――――――――― 霞視点 (もう大丈夫そう……かな) 大きな音がしたから、昴が起きて暴れてるのかと思ったけれど、予想に反して雪藤君のほうだった。 どちらかといえば我慢する、抑え込むタイプの彼。 きっと、昴のためにも自分がしっかりしなければと必死だったんだろう。 (このまま……若頭補佐になったら、ちょうど良いんじゃないかなあ) 扉越しに聞こえてきた会話のやり取りを思い出し、そんなふうに考える。 (っと……東さん待たせてるんだった)  そっと病室を離れ、目的の場所へ急ぎ足で向かう。 ガラッと扉を開ければ先ほどまでの――昴と雪藤君の前にいた時とは打って変わり、冷酷な表情を浮かべた彼がいた。 「遅かったですね、先生。寄り道ですか?」 「いえ。すみません、お待たせしました」 (このモードに入った東さんて怖いんだよなあ) 「問題がなければ、始めましょうか」 ちら、と彼が向けた視線の先――――顔を麻袋(あさぶくろ)(おお)われ手足を拘束されたまま床に転がる人間の姿があった。 「この男だけ、か?」 「はい!あの屋敷内では、とりあえず」 チッと舌打ちが聞こえ「ああ……お前にじゃない」と彼は報告した部下に告げる。 「ったく……いつも最低二人は残しておくように教えたはずなんだがなあ」 やれやれとため息を吐きながら、拘束されている人間――江深組の生き残りである彼を(また)ぐように立つ。 そして乱暴にバサッと袋を外すと「よお、兄ちゃん」と笑った。 猿轡(さるぐつわ)をされた彼は話すことができないため「うーっ」と必死に(うな)り、首を振っている。 「たぶん下っ端だろーから、自分には関係ねえ……とか思ってンだろうが」 男の胸ぐらを掴み、鼻先が触れるくらいの位置で東さんが怒鳴(どな)る。 「天立組(ウチ)の人間ならまだしも、そうじゃねえ……に手ぇ出した時点で、てめえら全員地獄行きなンだよ」 彼が両手を離し、()(すべ)もなく男は床に落とされた。 頭を打ちつけた痛みに男は身体を縮めて耐えようとしている。 「けど……お利口さんで質問に答えてくれりゃ、まあ慈悲(じひ)くらいはくれてやってもいいぜ?」 まず一問目、と自分の方へ顔を向かせ男に(たず)ねる。 「この写真に写ってるの、誰だか分かるか」 震えたまま小さく頷く。 「ほー……ってことは()いたのはお前か?」 これは違ったらしい。 首は横に振られた。 「車に引き込んだか、本家に連れて帰ったのか?」 横に振られる首。 「……別の所に連れていったんだな?」 今度は縦に振られる。 「――……彼女は生きてるのか?」 男の動きが止まる。 「…………死んでる、のか?」 頷きも首を横に振りもせず「ううーっ」とだけ彼は唸る。 ちら、と部下に外してやれと目だけで合図をし、その通りに猿轡が外され、男は盛大に()せる。 「おれ、が担当、したのは……っ2箇所目から3箇所目までの移動だけ、で……っさいごの目的地は知りません……っ」 だから、と。 「せいし、はわからない、です……っ」 この様子、嘘は言っていないだろう。 俺と東さんは顔を見合わせて頷く。 「た、だ……依頼人、は有名な会社のひとだったと、思います……名前、きいたことあった、ので」 タガが外れたように、男は聞いていないことまで話し始める。 灯ちゃんは誘拐し、雪藤君はあわよくば轢き殺すつもりだったこと。 追跡から逃げるため、担当する車や人間をそれぞれの場所で総入れ替えし、全てを把握している人間を最小限に抑えたこと。 そして、この計画を立てたのは江深組ではなく別の人間――その依頼人だということ。 自分たちは計画書に従って動いただけだ、と言い張った。 「なーるほどね」 黙って聞いていた東さんだが、ゆっくりと立ち上がり俺の所に来る。 差し出された手のひらに「どうぞ」と注射器を渡した。 「情報提供どうもありがとう」 (ふところ)から取り出した遮光瓶から、液体を抽出(ちゅうしゅつ)する。 「お礼にチャンスをやろう」 無理やり立たせた男を東さんは手術台に押しつける。 「っぐ……!?」 再び猿轡をつけられ、男は唸ることしか出来なくなった。 「上手くいけば一発で組長の所に行けるし、失敗してもまあ……イイ所に行くだけらしいから」 ジタバタと暴れる彼も意に介さず「それじゃ」と注射器を構える。 「いってらっしゃい」 ――――――――― ―――――― ―――― 数時間後。 完全に回復した昴さんは予想していた通り、東さんは勿論、篤昂さんにも雷を落とされた。 単独行動、自我を失いかけた事による暴走。 理由が理由なだけに仕方ない部分はあるとはいえ、どちらも褒められたものではない、し何より。 昴さんを慕い、信じついていこうとする者たちを裏切りかけたこと。 二人にとってはそれが何より許しがたいことで。 改めて東さんが若頭として相応(ふさわ)しいように指導し直すということで話がまとまったらしかった。 そして―――― 「雪藤……改めて、ありがとうな」 止めてくれて。 「いえ……役に立てて良かったです」 そんな束の間、一瞬の休息。 「若頭!!!」 駆け込んできた組員の言葉で、それは終わる。 「依頼人と(おぼ)しき人間の特定ができました!!」

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