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第66話※

※暴力、流血表現があります。  苦手な方はご注意下さい。 車が向かう間に雨は少し弱まったものの、反比例するように心の中に不安が広がっていく。  キキッ 「…………っ、と」 ブレーキ音とともにドアを開け、急いで出たもののズキッと腹部に痛みが走り、思わずよろけてしまった。 「大丈夫ですか?」 支えてくれる(あずま)さんに「すみません」と謝る。 「いえ。貴方になにかあればお二人にも霞先生にも顔向け出来ませんから」 ありがとうございます、と礼をして改めて江深(こうしん)組の門に目を向けた。 門から続く階段の奥に本宅だろう屋根が見える。 「――――……?」 (あ、れ…………?) ふと違和感を覚え、首を傾げた。 「……変、ですね」 「雪藤さんもそう思われますか」 (けわ)しい顔をした東さんがちらっと一緒に来ていた部下達に目をやる。 頷き、慎重に先に階段を上り始める彼ら。 「…………」 「雪藤さん、すみません」 来ていただいてなんですが、と東さんが腕を出して俺を止める。 「私達が先に様子を見てきます。安全を確認してから……「いえ、行きます」」 彼が言い切る前に言葉を被せる。 「大丈夫ですから、行かせてください。東さん」 「…………分かりました。ですが、危険を感じたらすぐ隠れるか逃げて下さいね」 はい、と返事を返し手を貸してもらいながら階段を上る。 (…………やっぱりおかしい) 一段上るごと、違和感は強くなる。 「……静か、過ぎませんか」 「……ええ」 灯を連れ去り本家(ここ)に連れてきたのであれば、(なお)のこと。 銃声や罵声……考えたくはないが昴さんが返り討ちに合っている声なんかがしてもおかしくないはずなのに。 いくら雨音で掻き消されるとは言ってもここまで、と二人で顔を見合わせた。 と。 「……どうしました?」 先に上っていた東さんの部下達が門から入らず、立ち尽くしていた。 「あ、ずま……さん……その」 「…………?ッ……!!」 「どうし……ッ、……!」 彼らと東さん、そして俺が目にしたもの。 それは。 江深組の人間であることは確実だろう、 無数の人影。 完膚なきまでに破壊された障子やふすま。 雨で多少消えているものの、 流しきれていない赤い跡。 ふらふらと一歩踏み出した瞬間に感じた、 ()せ返るような血の匂い。 一気にせり上がってくる吐き気に、思わず口元を押さえてうずくまる。 (分かっていた……いや、分かったになっていた) この人達と、昴さんと生きるということはどういうことなのか。 (でも……甘かった……) 今やっと、理解できた気がした。 「っう…………」 「雪藤さん、やはり車に戻って……」 見兼(みか)ねた東さんが背中を(さす)りながら、声をかけてくれる。 (でも、ここで引き返したら……) 俺はきっと、もう二度と灯にも昴さんにも会えない。 そんな気がしてほとんど反射的に「嫌です」と首を横に振っていた。 「すみませ……わがまま、言って……」 足手まといなのは分かっている。 けれど。 息を整えるため、深呼吸をして拳を握る。 「びっくり、しただけ、で…………ッ……もう、だいじょうぶ、ですから……」 何とか無理やり、声を絞り出す。 「…………分かりました」 止めても無駄だと思ったのか、それだけ言うと東さんはもう何も言わずに、落ちつくのを待っていてくれたのだった。 ―――――――― 数分後。 俺はやっと、東さん達とともに静かに庭へ足を踏み入れる。 「……昴さんは……」 見回すも倒れている人影の中にその姿は見当たらない。 「家の中かもしれません」 薄暗く、見るからに異様な雰囲気を放つ室内。 俺よりはこういう景色を見慣れているはずの東さんの部下達ですら、若干引いている。 「……考えたくは無いですけど、相討ちなんてことは」 「若頭はそんなヤワじゃありませんよ」 「そ……そう、ですよね」 きっぱりした言葉に同意を返し、そっと中を覗く。 やはり姿は見えない、けど。 ぞわり。 雨のせいだけではない――ひんやりとした重たい空気に肌が粟立(あわだ)つ。 「……この辺りの部屋は誰もいないようです」 「ありがとう」 先に室内へ入った東さんの部下が戻ってきて報告する。 「では私達も入りましょう。雪藤さんは私の後ろへ」 頷いて彼らに続き、中へ進む。 ――――――― 入ってすぐ、目にしたもの。 (…………これ、全部昴さんが…………?) 遠目からでも分かった障子やふすまだけではなく、箪笥(たんす)や柱など至る所に恐らくは刃物による傷跡が残されていた。 (本当、に……?) 途端、胸が苦しくなる。 ぐらりと目眩(めまい)がして思わず柱に寄りかかる。 と。 目線の先、無言で傷跡を調べていた東さんがより厳しい顔になり、舌打ちをする。 「…………あの、馬鹿……」 今までの丁寧な敬語口調ではなく、荒々しさのこもったその言葉。 俺が見ていることに気付いた彼はすぐさま「失礼しました」と表情を消す、が。 「小さい頃から知っていますから……まあその……弟みたいなモンなんです」 誤魔化(ごまか)すように続けて吐かれたため息の奥に、俺の知っている彼が見えた気がした。 (そうだ……、昴さんは昴さんじゃないか) 何を戸惑う必要があるんだ。 ばしん、と頬を叩き気合を入れ直した矢先。 「うわあああ!!」 叫び声とともに、ズシャッと泥が跳ねる音がした。 他の部屋を調査していた、東さんの部下達が庭へと落ちた音だった。 「!?」 「どうした!大丈夫か!?」 「あ、ずま、さ……っわか、とめ、て……くださ……!」 痛みにゲホゲホと噎せながら、こちらを――正確には少し斜め先を指差す彼ら。 ギシリ、と廊下が軋む音がした。 「ッ…………!!」  東さんと二人合わせて息を飲む。 ゆらり、と両手に日本刀を(たずさ)え、庭に降り立つその人影は紛れもなく、のはず。 「――……昴、さん?」 いまいち確証が持てずに疑問形で呼びかける。 何故かといえば。 普段結っている髪が(ほど)け、紅いはずのは黒く染まり別人のようにみえるのに、 髪の間から見える背中に刻まれた狼の姿が、間違いなく彼自身であることを証明していて。 にも関わらず、地面に伏したままの東さんの部下――――自分の部下でもある彼らを江深組(テキ)として認識し、今にも斬りかかりそうな足取りで近付いていくからで。 「……っ逃げろお前ら!!」 「わ、わか……」 痛みと恐怖からか、動けない彼ら。 「ッチ………!!」 東さんは舌打ちとともに駆け出し「昂牙!!」と叫び、そのまま足を蹴り上げる。 が、当の昴さんは緩慢(かんまん)ながらその蹴撃(しゅうげき)をゆるりと避けた。 彼は勢いのまま部下二人を庇うように立ち、昴さんと向かい合う。 僅かな間の出来事に呆気に取られていたけれど、はっと我に返り「昴さん……!!」と叫んだ。 「……っ雪藤さん!?」 東さんの驚き、焦る声。  構わずに俺は彼を呼ぶ。 (止めないと……っ) 両手に持っている刀を下ろしたまま、彼は振り返りぎろりとこちらを睨む。 「んな……ッ隠れていてください!!」 (あふ)れ出ている殺気に足が(すく)み、身体が硬直しそうになる。 危険だと脳が警鐘(けいしょう)を鳴らす。 けれど。 『雅君、兄さんを独りにしないでね』 (今、灯との約束を破るわけにはいかない) 「昴さん」 変に刺激しないように、いつも通りに。 それが良かったのか、彼は睨んではきても刀を振るうことはなかった。 (……正気に、戻さないと) ほぼ無意識にスッと手を伸ばし髪に触れる。 雨と血で汚れたそれは、当然ながらぐっしょりと冷たい。 驚いたのか動かない彼の前髪を避け、瞳を見つめる。 そこに普段のはなく、あるのは井戸の底のような暗い色。 「――帰りましょう、昴さん」 自然と口をついて出た言葉だった。 雨が涙のように頬を伝って流れていく。 「帰りましょう」 数回ゆっくりと瞬きをした彼はそっと口を開いた。 「――――……ゆき、ふじ……?」 少しだけ、目に戻った光とともに俺を呼ぶ。 「はい」 「なん…………ッう、ぐ」 「!う、わ」 戻ったと思ったのも束の間、昴さんは小さく呻き声を上げ俺の方にもたれかかる。 残念ながら咄嗟(とっさ)には支え切れずに、彼と一緒に地面へと倒れこんでしまった。 「申し訳ありません、大丈夫ですか?」 「っ、はい……」 気を失った彼を支えつつ、後ろにいた東さんに返事をすれば彼はそのまま頭を下げる。 「気をそらして頂いてありがとうございました」 助かりました、と。 どうやらあの一瞬、俺に昴さんの意識が集中した瞬間に手刀によって眠らせたらしい。 「あ、いえ……」 (そういうつもりじゃ、なかったんだけど) 東さんからじゃ昴さんの言葉は聞こえなかったろうし、俺の安全を優先してくれたんだろう。 「さて。お前達は若頭を車まで運んで……雪藤さんはご自身で歩けますか?」 「は、はい!」 「はい、ケガはしてませんので」 俺達の返事を聞いて「良かった」と安堵の息を吐き、どこかへと電話をかける東さん。 「お掃除専門の業者さんです」 ちょっと人数が多いので。 視線に気付いた彼が、今日初めて口元が緩む姿を見せる。 そこに先ほどまでの荒々しさは無い。 (すごいなあ、東さん……) 「さ……私達も帰りましょうか」 そんな俺の視線を知ってか知らずか、そう東さんは促すのだった。

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