65 / 67
第65話
――――――
あれから。
「おう、雪藤のにーちゃん!今日は一杯やってくかい?」
「雪藤の旦那!若頭なら組長のとこでさ!」
「あ。こんにちは、雪藤さん」
最初は敵意剥き出しだった天立組の組員達とも少しずつ打ち解け、次第に歓迎してくれるようになった。
強面ではあるものの、話が通じない訳ではない彼らは仲良くなると面倒見が良く、世話好きな面もあるようで。
(そんなんじゃダメだ、もっと食えもっと鍛えろってよく言われてたなあ……この頃)
くるくると変わる夢の場面。
まだ会社勤めをしていた俺は彼らからすれば――今も筋肉隆々とは言えないが――細くて弱く見えていたことだろう。
(けど……)
この時点で彼らのような身体を手に入れていたら、灯を失うことはなかったんだろうか。
ふとそんなふうに思考が引っ張られていく。
(――――……あ)
また、カチリと場面が切り替わる。
今度は勘違いなどでなく病院の個室。
ザアザアと雨が降る音、バタバタと廊下を走る音。
「ダメです若頭……ッいや、昂牙さん!!!」
「っるせえ!!」
扉越しに響き渡る怒号、必死に止める声。
(っ……この、記憶は)
今すぐ目覚めてしまえばこの後の展開を見なくて済むのに、と。
二回目だからか頭の中は驚くほど冷静で。
「離せお前ら……っ」
首しか動かせなかった俺はその声の方へ耳を傾ける。
「お願いですから……っ一旦落ち着いて」
「黙れ。邪魔すんじゃねえ!」
手がつけられない彼におろおろし始める組員たち。
と、そんな時だった。
「落ち着きなよ」
制止を振り切ろうとした彼に対して凛とした声が響く。
(霞 先生……)
聞き慣れたその声は静かにけれど強い口調で昴さんを諌 めた。
「そんなギャンギャン彼らに吼 えたって何も変わらないだろ。一回冷静に……」
「冷静でなんざ、いられるわけねえだろ!」
食い気味で怒鳴った彼は続けざまに叫ぶ。
「アイツら全員ぶっ潰してやる!!!」
(違う……のに)
昴さん……違います、黒幕がいるんです。
この一言が言えたらきっと、昴さんも含めて俺達の物語は変わっていたかもしれない。
俺と灯はこの日、命を狙われた。
――正確には俺だけ、かもしれないが――二人で歩いている所に車が突っ込んできた。
あっという間、気付いた時には俺の身体は道路へ叩きつけられていた。
『雅君!!……きゃあ!?』
駆け寄ろうとした灯を車から降りてきた大柄な男が捕まえる。
『すまんなお嬢ちゃん。ちょっと一緒に来てもらおか』
『いや……っ離して!!』
『あか、り……っ』
ズキズキと全身が軋 み、意識が薄れていく。
『雅君……っ』
最後に見たのは、俺の名前を呼びながら灯が車に押し込まれる所で。
気付いた時には病院のベッドの上だった。
――――――――
―――――
――
車に揺られながら、北海には言わなかった話の続きを思い出す。
あの日。
幸いにも一部始終を見ていた通行人が即通報してくれたお陰ですぐに救急搬送され、雪藤は何とか一命を取りとめたのだった。
ただ残念ながら灯を連れ去った車をすぐには特定出来ず、分かったのはそれから二日後。
当時、天立組とは敵対関係でも友好関係でもない江深 組の人間だった。
それほど大きい訳でも無く、名を馳 せている組でもなかったのに、何故か驚くほどスムーズかつ周到に計画を実行した彼ら。
今思えば、そこを疑うべきだったんだろうが当時はそんな余裕なんて無かった。
思いつくまま敵対している組織を調べ上げ、ありとあらゆる情報網を使い、やっとのことで不審な行動が見られる事を突き止めた。
状況証拠だけで確証がない、と下手に動けば全面戦争になる、と焦る組員達。
けれど灯が無事である保障はない以上、落ち着いてなどいられない。
「そうなら反撃も復讐も考えられねえくれえ徹底的にぶちのめしてくっからそこ、退いてくれ!」
それなら問題無 えだろ、と訴える。
「そういうことじゃな…………っあ!」
「若頭!」「昴!」
そうして結局。
俺は一人、彼らの制止を振り切り、江深組の本拠地へと向かった。
――――それが、あの男……犀川 大地 の思惑だとも気付かずに。
――――――
『ねえ雅君』
頭の中に響く声、切なげに笑う顔。
『私に何かあったら、その時は――――兄さんのこと、頼んでもいい?』
暴走する前に、独 りになる前に止めてあげて。
予言のようなその言葉。
(そうだ……やくそく、したじゃないか)
「いかなくちゃ……」
ベッドから体を起こすと、物音に気付いたらしい霞先生が扉を開けた。
「雪藤君、気がつい……こら何やってるんだ!!」
「雪藤さん!?」
ベッドに戻るよう、動きを止められる。
「はなして、ください……俺いかなくちゃ」
「ダメに決まってるだろ!」
「あかり、と約束したんです……、昴さんのそばに、いる……って」
熱に浮かされたようなその言葉と歩こうとする俺の行動に「ああもう君たちは!!」と叫ぶ霞先生。
「どうして大人しく寝ててくれないんだ!」
「――先生」
そんな先生を止めたのは当時、若頭補佐の東 さんだった。
「私が付き添います。行かせてあげてください」
お願いします。
彼がそう頭を下げたことで他数名の組員達も顔を見合わせ、同様に口を揃えた。
深い深いため息とともに「これで止めたら僕、悪者じゃないか」と先生が呟いた。
「その代わり、絶対に無理はしないこと。目的を果たしたらきちんと帰ってくること」
分かった?といつもより少々強めの口調に「はい」と頷き「ありがとうございます」と東さんと組員達へ頭を下げる。
「いえ、こうなった以上……若頭を止められるのは雪藤さんかなと思いまして」
利用してすみません、と東さん。
「はは……善処 します」
行きましょう、と彼を促 し昴さんの後を追うことにしたのだった。
ともだちにシェアしよう!