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第64話
「…………っ」
夢、のはずなのに頭が重く身体もだるい――要するに二日酔いの状態――で記憶が再生される。
(ええ……とたぶん、ここは)
見覚えのあるこの部屋は、数年前の昴さんの寝室。
律君のための本棚や布団が無いくらいで現在 とさほど変わらない、落ち着きのある部屋。
ただ当時の俺は殺風景過ぎてどこかの病院の病室だと勘違いして焦った記憶がある。
(寝起きだったし、食事会の記憶が丸々抜けてたからなあ…………あ、けど……ってことはそろそろ)
ぱっと扉を見つめた瞬間、ガチャリと開き入ってきた人物とバチっと目が合った。
「おお、起きてたか」
昴さんも寝起きなのか、若干気怠げでいつもより雰囲気が緩い。
「はい。おはようございます」
はよ、と中に入ってきた彼に「すみません」と謝る。
「ご迷惑をおかけしました」
「んー?ああ、飲み過ぎたことか。気にすんな、俺の周りじゃ日常茶飯事だ」
ほれ、とスポーツドリンクを差し出される。
「ありがとうございます」
思っていたより喉が渇いていたようで、沁 み渡るように広がっていく。
「――どうだ、落ち着いたか?」
「はい……だいぶ」
頷いて再度お礼を言えば、嬉しそうに口元を緩める昴さん。
かと思えば、ふっと表情を引き締め「起きる前に」と咳払いをする。
「少しだけ、話せるか?」
―――――――――
ベッドの隣、椅子に腰かけ「雪藤君」と名前を呼ぶ。
姿勢を正す彼にこちらも背を伸ばし、頭を下げた。
「灯の事、よろしく頼む」
「!」
「――……アイツから色々話は聞いてると思うが」
前置きをして自分たちのことを話し始める。
「元々俺らの父親は天立組の幹部でな……今の組長とは義兄弟だったんだ」
そもそも二人は次期組長候補として、互いに高めあう存在だった。
小さくは無かったものの、どちらかといえば中くらいの規模だった天立 組は実力のある二人が切磋琢磨することで相対的に急成長をし始める。
そして現組長、天立 篤昂 が組長となり、父は彼を右腕として支えることになった。
そして母と結婚し、俺と灯が生まれ、平凡ではないものの、数年の間は束の間の幸せとともに暮らしていた。
「――――あの日、狙撃されるまでは」
正確にいえば刺客に狙われた篤昂さんを庇 い、父は命を落とした。
当時もまだ新婚夫婦のように父と仲が良かった母はそれをきっかけに一気に体調を崩し、あっという間に父の後を追ってしまった。
なんと言えばいいか分からないという表情をする雪藤君に「朝っぱらから暗い話ですまねえな」と息を吐く。
「けど、話しておかなきゃなんねえから」
もうちっと聞いてくれ。
そんな言葉に、黙って彼は頷いた。
「だからなんだ、その……俺もアイツも普通の家族ってやつをよく知らねェんだ」
お前が今まで生きてきた、表の世界では当たり前のことを知らないなんて事も起きるかもしれない。
逆もまた然 り、お前が知らないこっちの世界のことも山程あるだろう。
それでも……いや、だからこそ二人だけの幸せってやつでいいから、手に入れて欲しいと思う。
滔々 と紡ぐ言葉を静かに聞いていた彼は「昴さん」と俺を呼ぶ。
「俺はまだ……男として未熟な部分が多くあります……むしろ灯の方が堂々として頼りになると思うことも多くて……情けなくてすみません」
頭を掻き、恥ずかしそうに言いつつ「けど」と言葉を切る彼。
「――――けど俺は、彼女とならどこへだって、なんだって……行けるし出来る。そんな気がしています」
「――――……」
まっすぐな、意志の強いその瞳。
やっぱり信用に十分値 するそれにふっと口元が再び緩 む。
「……そうか」
あまり余計な言葉はいらないだろう。
肯定を返し、「サンキュな」と礼を告げる。
はい、と笑う彼は昨日から今まででたぶん一番素の、柔らかい表情で。
思わず「ふふふ」なんて笑いあっていたら「もー兄さん!雅君!」と扉からひょこっと灯が顔を出した。
「起きてるなら早くリビングに来て?朝ごはん冷めちゃうじゃない!」
「ああ、悪 ィ」
「ごめん、今行くよ」
早く、と急かす灯の後ろ姿。
ポニーテールの下から覗く耳と頬は少し赤い。
わざわざ突っ込むことでもない、と気付かないフリをして隣を見るとばっちりと目が合う。
どうやら同じことを考えたようで、互いに唇に指をあてて頷いたのだった。
――――――――
――――――
――――
「……っつーのが、まあ雪藤 との出会いだな」
車のソファー寄りかかり、息を吐きながら二人に告げる。
雪藤側の正確な感情は分からないから、ほぼ俺の主観になってしまうが……この頃の彼はまだ表情に出やすく、ある程度の推測はしやすかった。
「普通の男とそんな変わんねーだろ?」
正直なところ、北海よりはビビリじゃなかったが緊張しいではあった。
が、それはアイツの名誉のため、内緒にしておいてやろうと口を噤 む。
「んで、まあ……俺で慣れてから本家に連れていって紹介して……」
その時にも色々とあったなあとしみじみと思い出す。
「灯は組員にも可愛がられてたから、正直反対意見も多かったが……そこは雪藤の天賦 の才っつーかな、上手く自分で認めさせたよ」
「なんというか……雪藤さんらしい、ですね」
「だろ?」
「じゃあもうその頃から、若頭補佐だったんですか」
「あー…………いや」
正直、そのことについてはまだ、あまり話したくはない。
故 に言葉を濁し、言葉を選ぶ。
「いくらなんでも、そんないきなり補佐になれるわけねーだろ?」
下から反感かっちまうだろーが、という言葉に二人は「確かに」「そうですよね」と頷いた。
「元々、組員にする気は無かったからな……普通に義兄と義弟の関係だよ」
なるほどと頷く二人に同意を返す。
「んでまあ、紆余曲折あって……どーしても俺の下に付きたいっていうから、面倒見ることにしたんだ」
だいぶ端折 ったものの、特に変には思わなかったらしい。
北海は先ほどまでと違い、すっきりした顔をしている。
(大方、雪藤も努力して登りつめたって分かったから、ってとこか)
「……知りたいことはわかったか?北海」
「は、はい!ありがとうございます!」
「ん。じゃー明日からは雪藤目指して、仕事頑張れよ?」
「はいっ」
元気に頷く北海、恐らくはわざと話さなかったことに気が付いている南雲。
バックミラー越しの視線に小さく頷き、車を出すように合図を出す。
(悪 ィな、北海)
こっから先はまだ――――まだ、口にするにはとバレないように深く息を吐いた。
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