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第1話

※冒頭、少し可哀想な描写があります。 ご注意ください 「ひ……っぁあ!ぁああ!」 甲高い、矯声にも似た声が辺りに響いている。 明かりの落とされた暗い部屋、中央のステージには拘束された少年がひとり。 「や、ぁあ……ッご、めんなさ……ぁあ!!」 白い喉、滑らかな肌に朱の差した頬。 目隠しをされているため、見えないが、資料によると綺麗な瞳の少年だった。 少年の傍らには仮面をつけ、スーツを着た男達が二人。 片方はステージを囲むように座る客達へ向けて、少年の説明をしもう一人は、淡々と少年に責め苦を与えている。 少年の泣き声。 ガチャガチャという鎖の金属音。 機械的な無機質な音。 (すす)り泣く声に優しく声をかけるものなどおらず、あがる声は(むし)ろ嘲笑に近い。 (……下衆共め) 思わず眉をひそめ、心の中で悪態を吐く。 と、胸ポケットに閉まっていた携帯が振動し、ちらりと名前を確認すれば、彼からで。 くるり、踵を返し後ろにあったカーテンをくぐる。 黒塗りの重厚な扉をノックすれば、聞き慣れた声が返ってくる。 入っていいぞ。 その声に不機嫌さが出ていないことに安堵しつつ、扉を開く。 「失礼致します」 革張りの大きく高級な椅子へ腰をかけた人物、 天立(あまだて)組若頭天景 昂牙(あまかげ こうが)。 若くして次期組長候補である彼だが、頭は切れ腕っぷしも強い。 普段は冷静沈着なものの、キレさせたらその人物に関わる者全て消されるんじゃないかと言われるほど恐れられている。 それでも彼についていく人間も多く、人望は厚い。 「なんかあったか?」 ガラス越しに――といってもマジックミラーだが――目の前に広がる光景には目もくれず、手元の資料を眺めながら彼は言った。 「え?」 「俺の勘違いならいいけどよ。何か言いたそうにしてたからな」 「……ああ、なるほど」 「今日はお前以外全員外だし、言いたい事あんなら聞くぜ?」 「……いえ、特別お伝えするほどのことではありません」 「ふーんそうか」 ミラー越し、散々喘がされていた少年は気を失ってしまったようで、黒服の男によってステージ裏へ運ばれていく。 仮面をつけた客達は、未だ下品な笑みを浮かべたまま次に出てくる哀れな"商品"を待っている。 「っあー……もしかして」 くる、と椅子を回し向かい合うと持っていたボールペンを俺へと突きつける。 「さっきの奴、好みだったとか?」 「…………は?」 思わずすっとんきょうな声をあげてしまった。 「んな訳ねえか。冗談だ冗談」 椅子を戻し、再び資料を捲り始める彼。 「左様でございますか」 「あー……けど」 が、ぴたりと手を止め今度は肩越しで振り返る。 「一応言っとくが、あいつらはあくまで先方の商品。分かってんだろうが、変な情とか持つんじゃねえぞ?」 先程の『冗談だ』と笑った時には感じられなかった、威圧感。 あくまで仕事、個人的な感情は持つな、という無言の言葉。 ピリピリとしたその空気に、少し身を硬くしながらも頭を下げる。 「……重々、承知しております」 「…………」 一瞬の沈黙。 長く感じられたそれだが、すぐにそうかと言う声に破られる。 「ならいい。つーかあと何人だ」 「あと……五名ですね」 「……多いな。帰っていいか」 「駄目に決まっているじゃないですか」 ちっと舌打ちした姿に先程までのオーラはなく。 「っはー……しゃあねえなあ」 ため息を吐き、ぐぐっと伸びをして彼は再び書類に手を伸ばした。 俗にいう闇オークション。 中でも今行われているのは奴隷やペットとしての人身売買。 だが、本来の主催者が来られなくなり、急遽親交の深い天立組が代役として呼ばれ、若頭である彼が駆り出されたわけである。 元々、あの事件以来人と深く関わろうとしない彼にとってこういう場には、ほぼ興味がないようだ。 (興味有り有りでも困るっちゃ困るけど) 心の中で呟き、それではと声をかける。 ああは言っても仕事はきちんとする性格である若は現在、報告書作りに励んでいる。 「失礼致します。終了したらお迎えにあがります」 「おー、頼むわ。お疲れ」 ひらひらと振られた手に一礼し、部屋を後にした。

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