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逃避行 2

「洋……起きろ、もうすぐ着陸するぞ。ちゃんとシートベルトをつけろ」 「んっ……」  まだ眠たい。ここ数日緊張してろくに寝っていなかった。それなのに今は丈の隣で、肩が少し触れ合う温もりを感じるだけで、永遠に眠り続けられそうだ。 「おい、大丈夫か」 「あっ……ああ」  丈が心配そうな顔で覗いてくる。 「丈……着いたら何処へ行くつもりだ?」 「今日はもう遅いから近くのホテルを予約してある」 「そうか」  ホテルという言葉が丈の口から発せられると、変に意識してしまう。果たして丈は、また俺を抱いてくれるのだろうか。  俺はもう一度抱きしめて欲しい。犯された事実は消えないが、丈にそれを上書きして欲しい。そんな身勝手な願いが沸き出てきてしまう。 **** 「洋、シャワーを浴びておいで」 「……あぁ、そうする」  洋はホテルの部屋に入ってから緊張した面持ちで無言で立っていたが、そう声をかけると、はっと顔を上げて何か言いたげな表情をしたが、結局無言で背を向けシャワールームへ入って行った。  しばらくしてシャワーの音が聞こえ出すと、私もほっと一息ついた。  安志くんからの助言を得て洋と二人で逃避行するのを決めた私は、大急ぎで製薬会社の企業医の仕事を辞し、この地で新しい職を探した。洋は語学留学生扱いだ。この申請には気を遣った。したがって当面この国に滞在できるだろうし、二人の暮らしで困ることはないだろう。あとは安志くんが仕掛けた罠で、洋の父親がすぐにアメリカへ戻ったことを祈るのみだ。  無事に洋を連れて予定したホテルに辿り着き、私もここ数週間の悪夢のような出来事から逃れられたことに、心の底から安堵していた。  そしてこれからやっと洋と二人きりの夜を過ごせるのかと思うと、もう待てない。早く洋をこの胸に抱いて、戻ってきてくれたことを実感したい。  しかしシャワーの音が止んでも、洋はなかなか出てこない。恐らく気にしているのだろう。自分の躰が汚れてしまったと……洋の気持ちが痛い程じんじんと伝わって来た。  シャワー室にいる洋のもとへ自然と足が向いていた。 「洋?」  ノックしても返事がないので、また具合でも悪くなってしまったのではと心配になり、ドアを慌てて開けると、洋は濡れた髪のままバスローブを羽織り、床に蹲っていてた。 「どうした?」 「……」  洋は小さく首を振って、何か呟いた。 「んっどうした?」 「……お……ち……ない」 「何が」 「……つ……けられた痕が……」 「洋…」  やはり!そんなことを気にして、馬鹿な奴だ。胸がぎゅっと締め付けられる。私はそんなこと気にしてない。むしろそんな目に遭った洋のことを守れなかった自分が不甲斐ないのに。 「洋、こんなに冷えて……馬鹿だな、一緒にシャワーをもう一度浴びよう」  洋の肩を掴んで立たせバスローブの腰紐を解き、下へと落とす。 「あっ……」  羞恥に震える洋がすっと顔を背けた。  久しぶりに見る洋の白い裸体。あぁ……また痩せてしまった。本当に立っているのもやっとな程にやつれてしまった。  だがそんな洋が愛おしい。  洋の躰には首元にどす黒く指の跡がついてしまっている以外は、もう義父に抱かれてしまった時につけられたであろう痕はすべて消えていた。  なのに何故…… 「洋、綺麗だよ。大丈夫だ」 「そんなこと言うな!」  顔を背けていた洋が、私のことを睨んでくるが眼に力がない。その眼尻は少し赤く腫れていて、泣いていたのがばれてしまう。 「おいで。私がもう一度洗ってやるから」 「丈……丈っ……俺……本当に……ごめん」 「洋……大丈夫だ。大丈夫だから」  私に縋りつくように抱き付いて、嗚咽を漏らす洋が愛おしい。その細い腰をきゅっと抱きしめてやる。 「うっ……うう」  声を殺した洋の泣き声が、艶めかしくシャワールームに反響していく。

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