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逃避行 1

「間に合ったな」 「あぁ何とか」  空港にバイクを乗り捨て、予定していた飛行機に飛び乗った。座席に着いても、まだガクガクと躰の震えが止まらない。 「お客様、どこかお加減でも? 」  心配そうに声を掛けられたので、慌てて否定した。 「いえ大丈夫です。あの毛布をお願いします」  俺は今、飛行機の座席に丈と並んで座っている。あんなに傍に戻りたいと願っていた丈が隣にいることが、未だに信じられない。飛行機の窓から遠ざかる街並みを見下ろすと、悪縁から解き放たれたような気分になる。 ──俺は行くよ。義父さん、あなたにはもう捕まらない── 「洋、大丈夫か」  丈がそっと心配そうに撫でるのは俺の首筋。そこはさっき義父に首を絞められたところだ。 「……黒くなってしまったな」 「えっ」  自分の喉元に手を当てると、そこはズキンと鈍く痛んだ。 「丈……俺、怖かった。殺されるかと思った。もう二度と会いたくない」 「洋……」  膝にかけた毛布の下で、丈が俺の震える手をぎゅっと握ってくれた。 「もう大丈夫だから少し眠れ。疲れただろう」 「あぁそうさせてもらうよ」  丈の温かい手に、やっとこうやって丈と普通に隣り合って座ることが出来、自由に触れ合えるのだと実感する。そのことが俺を安堵させたのか、一気に疲れが出て瞼が急に重くなり、丈の肩に頭を預けると同時に眠りに落ちてしまった。  これから何処へ行くのだろうか。  全て丈と安志に手配を任せていたので、俺は何も知らない。  でもそれでいい。  丈が傍にいてくれる。  今の俺には、それだけでいい。 ****  やっと戻ってきてくれた私だけの洋。  何があっても何をされたとしても、洋は洋だ。  早めに空港に着いていた私は、安志くんから洋の義父の急な帰国の連絡を受けた。すぐに慌ててタクシーに飛び乗り、教えてもらった洋の高層マンションに着き、安志くんから渡された鍵でドアをこじ開け、そこで見たものは……首をしめられ、息も絶え絶えに悶え苦しんでいる洋の姿だった。  洋のはだけた着衣にカッとなった。濡れた胸元にも……信じられなかった。あの時見た温和そうな紳士が、鬼の形相で洋の首を絞めていたのだから。 「洋を離せっ!」  殴って滅茶苦茶にしてやりたかったが、洋を連れ出すのが先だった。逃げるように洋の手を引いて飛び乗ったエレベーター。降りた途端に雷が落ちて停電になり時間を稼げた。  あの激しい雷光を、私は遥か遠い昔に見たような気がする。  今から向かう地に二人の過去からの縁の謎が解ける何かがある。そう確信している。だから私たちは、そこへ向かう。  洋、私と一緒に行こう。  私も君と一緒なら、何も怖くない。  何もかも捨てる勇気をもらえる。

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