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すぐ傍にいる 6
「お待たせいたしました。ルームサービスです」
「ありがとうございます」
客室のドアを開けると、さっきのホテルマンがにこやかな笑みで立っていた。その手に持っているトレーをちらりと見ると、形の良い三角におにぎりがふっくら美味しそうに並んでいて思わず生唾が出てしまった。
「うわぁ完璧ですね!」
「ありがとうございます。そう言っていただけると友人も喜びます。それではごゆっくりお過ごしください」
疲れている俺を気遣ってくれたのだろう。ホテルマンはドアのところでトレーを手渡し、去っていった。
さてと腹ペコだ。おにぎりをテーブルに置いて、早速それを一口食べてみた。
「えっ……」
口の中に入れた途端、雷に打たれたような衝撃を受けた。だってこれは……この味は。
卵焼きと鮭が二つ入ったおにぎり。そして何と言ってもこの卵焼きの味。忘れるはずないじゃないか! 洋があの日から何度か差し入れてくれたおにぎりの味とそっくりだ。
「うっ……」
思わず涙が零れてしまった。さっきのホテルマンの友人という日本人はまさか洋なのか。
そんなうまい話があるのか半信半疑だったが、とにかく話を聞こう!ホテルマンを探しに行こうと思った瞬間、スマホに着信があった。確かめると日本にいる涼からのSkypeの音声通話だ。
「もしもし涼?」
「安志さん!」
電話の向こうの弾んだ涼の可愛い声に、高まっていた心が落ち着いた。
「どうした?」
「んっ、遅い時間にごめんね。もう仕事今日は終わった? 」
「あぁ今部屋に戻って来て、やっと夜食を食うとこ」
「こんな時間に? 」
「あぁ一日結構ハードで飯食う時間なくてな」
「そうなんだ。安志さんが無理していないか心配になって、思わずかけちゃった。僕……洋兄さんのことを調べてって頼んだけど、まずは安志さんが元気でいてくれるのが最優先だよ。疲れている時に無理しないで欲しくて」
涼の優しい気遣い。優しい声が心地よい。
「あぁそうだな」
「今日はもう何も考えずにゆっくり休んで、少しでも声が聞けて嬉しかった」
「涼……ありがとう。お前の方は大丈夫か」
「うん、大学に行って講義を四コマ受けて、その後はバスケ部の見学をまたして来たよ。入るかどうかは安志さんが帰ってから決めるね。なんだか落ち着かなくて」
俺のことを心配してくれる優しい涼。俺はさっきから洋のことばかり考えていたのに……まるで見透かれたような気持になってしまう。
洋のこと、とりあえず今日はもう遅い……明日にしよう。朝、もう一度あのホテルマンを探してみよう。
今は、俺のことだけを考えてくれる涼の気持ちを最優先したいから。
「安志さん?」
電話口で無言になってしまった俺に涼が囁く。まるで涼の吐息が届くような甘い言葉を……
「大好きだよ、おやすみなさい」
年下なのに俺よりもずっと気を遣えて優しい涼。涼は強くて凛として明るい。
でもそれは、いつもそうなるように努力しているからだ。そんな涼に見合う人間に俺もなりたい。
涼が素直な言葉を俺に投げてくれたら、俺も受け取った時の気持ちを素直に返せばいい。そんな言葉のキャッチボールを続けて行こう。涼といると優しく前向きな気持ちが溢れて来るよ。
「涼……ありがとう。俺も好きだ。おやすみ」
****
大きな天窓から朝日がたっぷりと注ぎ込んでくる。
(眩しいな……)
さっきから目覚ましのベルがけたたましく鳴っている。
(五月蠅いな……)
しかも頭がガンガンする。
(今何時だ?)
あれ……俺、昨日……?
はっと我に返りガバッと起き上がると、自分の部屋で昨日の服のまま寝ていた。昨日かなり酔っ払って帰って……それで玄関先で丈を見た途端ほっとして、自分の唇に手をあてて、昨日の夜の行動を思い出すと、かっと躰が熱くなった。
確か……俺の方から口づけして、それで誘った?
なのにそのまま寝ちゃったのか。途切れ途切れの記憶に恥ずかしくも申し訳なくもなる。
それにしても、丈はどこだ? 俺は裸足のまま下の部屋に移動した。
「丈……いないのか」
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