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すぐ傍にいる 5
「母さんただいま。洋を連れて来たよ」
あの屋上での出来事の数日後。
おにぎりの作り方をどうしても教えてやりたくて、俺は洋を自宅に誘った。
「まぁ洋くん、久しぶり。あらぁ背が伸びたわね」
「あっこんにちは。あの……今日はすいません。無理言って」
「何言っているの。おばさんとても心配していたのよ。夕が亡くなってから、洋くんのお家とはすっかり疎遠になってしまってごめんなさい。食事とか一体どうしているのかと気になっていたの」
洋は寂しい笑顔を浮かべていた。
「……ありがとうございます。なんとか父と二人でやっています」
「さぁ立ち話もなんだから上がって頂戴」
「はい……」
俺の母と洋の亡くなったお母さんは、家が近かったことが縁で仲良くなった所謂ママ友だったそうだ。俺の家と洋の家は歩いて十分もかからない距離だ。俺と洋との出会いは、この世に生まれる前から。俺も洋もまだ腹の中にいる時……母同士がお互い妊婦で公園でよく散歩していたことが縁だそうだ。それからは何でもいつも一緒だった。昔はお互いの家をよく行き来して遊んだものだ。
母に手をひかれ洋の家に何度も通ったことを思い出す。小学校に入ってからは一人でどんどん遊びに行った。洋によく似た美しい夕おばさんは優しく儚げな人で印象的だった。
今……台所で俺の母の横にエプロンをつけた洋が立っていて、真剣におにぎりの作り方を習っている。そんな光景をソファに座って眺めていると、とても幸せな気分になった。
こんな風に洋がいつも俺の家にいてくれたら、どんなにいいだろう。朝起きるから寝るまで洋の顔を見つめられたら、どんなにいいだろう。
俺は洋のことが好きだ。同性なのにいつからなのか、憧れのような守ってやりたいような大切な存在になっていた。
「安志、何ぼーっとしてるんだよ。見てるだけじゃなく手伝えよ」
明るい笑顔で手をご飯粒だらけにした洋に呼ばれて、はっと我に返った。
「えっ俺? 俺はいいよっ!それより洋、早くマスターして、今度は俺におにぎり差し入れてくれよ」
「えーなんで俺がお前に? 」
「洋の作ったおにぎり食べてみたいからさ」
「……」
途端に頬を染めて、洋は俯いていく。
ふっ本当に揶揄い甲斐がある奴。
あぁでも本当に食べたいな。洋が握ったおにぎり。
「洋くんは、この具がニ種類入ったおにぎりが好きなのね」
「はい」
「実はこれね、私もあなたのお母さんに教えてもらったのよ」
「えっそうだったのですか」
「そうなの、おもしろいわよね。卵焼きと鮭を両方入れちゃうなんて」
「俺、これが好きで、いつも母に作ってもらっていました」
「そうなのね……じゃあおばさんが間接的に、あなたにお母さんの味を伝えられるのね」
「はい……だからすごく嬉しいです」
これは意外な話だ。洋も驚いて目を見開いている。
「卵焼きにも秘密があって、あなたのお母さんのオリジナルレシピなのよ」
「そうなんですね、母の卵焼きは、甘くておいしかったです」
「そうよね、あのね砂糖の分量に秘密があってね。教えてあげるわ」
出来上がった具が2種類のおにぎり。形は歪だったが、洋の努力が滲み出るものだった。その日は俺は沢山の練習台になって、腹が壊れるほど食べ続けてやったんだ。
それから幾日かして、いつものように屋上に弁当を持って上がると、先に洋が来ていた。
「あれ? 今日は早いな。いつも購買に寄ってからだから俺より遅いくせに」
「安志、これっ」
ポンと手に置かれたのは、おにぎりだった。 少し形が歪で卵焼きが焦げてで端がチリチリしていたが、確かに具が二つはいったおにぎりだ。
「お前、これ作れたのか」
「うん。この前はありがとうな」
にっこりと微笑む洋は本当に嬉しそうだった。
「俺さ……母が亡くなってから何も自分からしようと思わなった。でもそれじゃ駄目なんだな」
「ん?」
「母の思い出は、こんな風におにぎりを通じて……形で味で残っていることもあるんだな。いつまでも悲しんで、夢の中ばかりで会いたいと思っていても駄目だと、やっと気が付いたんだ」
「そうか……」
「安志のおかげだ」
「いや、そんな」
俺の方が照れるじゃないか。いつも強がっている洋が、俺にだけは素直な感情を見せてくれるのが嬉しい。
「おしっ食べてみるか! まてよ、もしかしてこれ毒見じゃないよな?」
「安志~!俺がしんみりしていたのに、お前って奴は!」
洋が俺のことを叩いてくる。そんなじゃれあいが心地良かった。いつも……そんな些細な触れ合いにドキドキもしていた。
◇◇◇
ピンポーンー
ホテルのドアのチャイムが鳴った。
「あっ」
どうやら俺は随分長い時間、ぼんやりしていたようだ。洋との懐かしい思い出がつまった高校時代のことを、ずっと思い出していたから。
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