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すぐ傍にいる 14
「洋、落ち着け……今から聞くことに正直に答えろ」
泣きじゃくってしまった俺の震える両肩を、安志がしっかりと支えてくれている。
二十七歳にもなって、こんな風に子供の時のように、お前に縋りついて泣いてしまうなんて。安志に今更こんなにも素の自分を見せてしまったことに驚く程だ。
五年も経ったのに……やっと夏のアメリカでの事件を経て、丈と二人並んでしっかり自分の足で歩んでいけると思ったのに……幸せとはこんなに脆いものなのかと、さっきまで絶望的な気持ちだった。
あの部屋に重役と二人きりでいると、もうすべてが終わった『絶望』という文字しか浮かばなかった。なのにお前は俺に眩しい程の『希望の光』をいつも与えてくれる。
「あぁ、ちゃんと話すよ……」
「まずあの重役とはどういう関係だ? 」
「……前の会社で直属の上司だった」
「そうか、洋が勤めていた信協製薬のだな」
「だがそれだけじゃない。あいつは俺の義父の元部下だった。だから義父の手先とでもいうのか。あの騒動の時……俺の日本での監視役みたいな役割をしていた」
「えっ! 洋のお義父さんと関係があるのか。 くそっ」
「……安志……脅されたんだよ、俺は…」
「くそっ!きっと洋が困るような何かを提示されたのだろう? 」
「……」
やはり安志には正直に話さないとならないだろう。あの写真のこと……あそこに写っている俺の姿。もう誰にも見られたくなかった。もう二度と安志にも見られたくなかったあの淫らな姿のことを。 そう思うと恥ずかしさと悲しさで胸が押しつぶされそうになっていく。息をするのも苦しい程だ。
「洋っちゃんと話せ。肝心なところだ」
「……丈には話せない。言わないでくれないか。お願いだ」
「洋? 何言って……ちゃんと丈さんにも話さないと駄目だろう? お前たちはあれからうまくやっているんだろ」
「安志……あぁお前が送り出してくれてから二人で歩んできた。しっかりと。だからこそ言えないよっ! 今やっと俺達は落ち着いて幸せになった所なんだ」
振り絞るように叫んでいた。言い切った途端に、両目からはらはらと涙が零れ落ちて行った。呼吸が苦しく心臓がバクバクと大きな音を立てているのを、どこか客観的に聴いていた。
呆然とした状態で固まっていると、もう一度安志が俺を落ち着かせるかのように抱きしめてくれる。興奮した子供をなだめるような優しい手つきだ。
「洋……落ち着け。分かった。そのことは後にしよう。まず今やらなくてはいけないことから考えよう。あまり時間がない」
「……安志、俺、我が儘言ってごめん」
「俺には話せるだろう? 俺は洋のすべてを知っている。安心しろ、大丈夫だから」
「……写真だ」
「写真? 」
「あの五年前……義父と関係した時の写真なんだ」
「えっ! まさかそれを重役が持っているのか」
頷くしかなかった。あの写真がネットなどにもしも流出したら……もう俺はこの街では生きていけないし、医師として社会的地位を保っている丈にも迷惑をかけてしまう。もう俺のせいで丈を振り回したくない。
「どうしたらいいんだ……あの写真と引き換えに、一晩を……強要されている」
「くそっ! あの変態親父っ!」
安志が悔しそうに壁をドンっと叩いた。そして俺の唇の傷に再びそっと触れながら苦し気に呟いた。
「この傷、あいつにキスされたんだな……無理矢理に……」
「……抵抗出来なかった」
「洋、絶対早まるな。諦めるな。お前はもう二度とそんな目に遭ってはならないんだっ!」
俺のことを心の底から心配してくる大事な幼馴染の言葉は、俺を安心させてくれる。でも今の俺の頭の中はぐちゃぐちゃに迷っていて、どう解決していけばいいのか、その道が全く見えないから。
安志は暫く無言のあと、覚悟を決めたように真っすぐに俺を見下ろした。
「洋、ホテルのスタッフに誰か信頼できる知り合いはいないのか」
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