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贈り物 16

「丈に会いたいな……」  黄昏時、土手……この組み合わせは苦手だ。  中学の頃よくこうやって土手に座って母を偲んでいた。義父と過ごす家の空気に息が詰まりそうになっていた頃だ。駄目だ……あの頃を思い出してしまう。思い出に引きずられないように、今の幸せを考えよう。  無性に丈が恋しくて、二人で分かち合った月輪のネックレスに触れてみると、ニューヨークの船上で譲ってもらった水色のリボンの結び目が緩んでいることに気が付いた。解けないようにと膝の上に載せてリボンを結びなおそうとした時、突風が吹いてリボンが攫われてしまった。リボンは空に溶け込むように、ふわりと舞った。 「あっ」  咄嗟に手を伸ばしたが届かない。慌てて土手を駆け下りて、その行方を追いかけた。  だってあのリボンは丈との大事な約束の印なんだ。ずっと一緒にいるという……  リボンは秋の空高く登りつめた後、ふわりと落下して川の真ん中の岩場にひっかかってしまった。 「あんな所に……」  俺は迷わず川の中に足を踏み出していた。川は浅く膝上程度だから取りに行けそうだ。そう判断し、じゃぶじゃぶと音を立てて、川の流れに逆らい岩場を目指す。水は想像より冷たいし、川の流れは思ったより急で一瞬怯んだが、そのまま進むことを選んだ。  あれは、どうしても失くすわけにはいかないんだ。  さらに数歩進んだところで、急に川の流れが速くなって浅瀬なのに足を取られそうになってしまった。まずいっ! そう思った瞬間に、躰が左右にぐらりと揺らぎ冷たい水が顔に近づいて来た。 **** 「涼、付いて来い!」 「うん」  俺達は一目散に土手を目指した。  黄昏時の風景はどこか現実味を失った世界のように見えた。  洋に何かあったらどうしよう。そんな不安が募ってくる。  はぁはぁ……  息を切らして土手を走ったが洋の姿は何処にもない。だが、ふと夕日を反射して輝く川を見て驚愕した。 「洋っ!」  何故…? 何故か洋が川に入っている。ひやりとした。背筋が凍る思いだ。 「あの馬鹿っ!!何してんだっ」  涼も気が付き、二人で今度は慌てて土手を駆けあがり、洋を助けに行く。洋の肩を掴めそうというところで、突然洋の躰が傾き水の中に消えそうになった。 「危ないっ」  間一髪だった。溺れる寸前で洋の躰を浅瀬に引き戻すことができた。涼と俺とで、なんとか溺れそうになった洋をひきとめることが出来た。 「なんで止めるんだよ。取りにいかないといけないのにっ」  だが引き留めた腕を、洋はパニックになって振り解こうとした。その洋の視線が俺とぶつかった瞬間、その頬を叩いてしまった。 「馬鹿っ! 洋っお前何してんだよ! 一人で慣れない川を渡るなんて死ぬ気かっ!」 「えっ安志……」  頬を叩かれてやっと洋は我に返ったようだった。そして俺と涼の顔を交互に見つめて驚いた表情を浮かべた。 「安志……なんでここに? えっ涼? 」 「洋兄さんっ心配かけないで。一人で川を渡るなんて危なすぎるよ」 「涼……涼なんだね。まさかこんな所で会えるなんて」  洋は川向うに視線を落とし、ぞっとした表情を浮かべた。 「ほんとだ。この川流れが結構早いんだな」 「浅瀬だからって気を許すなよ。洋、お前今溺れる寸前だったんだぞ。なんでこんなことしたんだよ」 「ごめん、安志。あの水色のリボン……すごく大事で……取りに行きたくて」  洋の視線を辿ると、あと二mくらい先の岩場にリボンが落ちていた。 「あれか……大事なものなのか」 「うん、すごく……でももういいんだ。危険を冒してまでは。それより二人に会えるなんて驚いた。俺の方から明日にでも会いにいこうと思っていたのに。あぁ二人とも濡れちゃったね。俺のせいだな。さぁ岸にあがろう」  そう言いつつ視線は岩場に向かっていて名残惜しそうだ。俺が取って来てやろうかと思った瞬間、涼が器用に川を渡り出した。 「僕が取ってきてあげるよ」 「涼、危ないぞ」 「んっ大丈夫そう。僕アメリカのキャンプじゃ川でいつも泳いでいたから慣れているから」  涼はそのまま川を素早く渡り、あっという間に岩場に辿り着き、水色のリボンを左右に振って笑った。 「洋兄さんっこれだよね」 「あぁ……そうだ。涼……本当にありがとう」  その光景を見て洋が嬉しそうに微笑んだ。川を渡って戻って来る涼に、俺は手を差し出し手助けしてやった。  それから三人で靴を脱いで、土手に座った。  洋の両隣に俺と涼は座った。  こんな風に三人が肩を並べ、黄昏時に土手に座る日が来るなんて。 「なぁ、とりあえず俺の家に来るか?服も靴もドロドロだ。このままじゃ三人とも風邪をひくしな」 「安志……ほんとごめんな」  洋が申し訳なさそうにしょんぼりとして呟く。その手には涼が取って来てくれた水色のリボンがぎゅっと握られていた。 「本当? もう一度安志さんの家に行けるんだね!」  涼は嬉しそうに笑っていた。 「はぁまったく世話が焼ける二人だ。洋は相変わらずどんくさいな。それに比べて涼は恰好良かったぞ」 「安志、ひどいなっ、でも全くその通りだね。丈にバレたら殺されそうだ」 「ははっ」  三人で肩を揺らして笑い合った。  洋と涼の感動の再会とはいかなかったが、洋も涼もお互いに会えたことがすごく嬉しいようで、照れ臭そうにそわそわしているのが伝わって来た。そして俺の方も大事な幼馴染の洋と恋人の涼、二人の綺麗な男に囲まれてまんざらでもない気分になっていた。  いつか見た悲しい色の黄昏時は、いつしか温かい色に変わっていた。  それが嬉しくて……泣きたい位嬉しくて……不覚にも涙が浮かんで来た。 『贈り物』了

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