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来訪 2
「えっあなた、涼じゃなくて……」
「……」
玄関の前に立っていたのは中年の夫婦だった。その顔は亡くなった母にそっくりで、もしも母が生きていたら、今頃こんな風になっていただろうというように緩やかな歳を重ねていた。
「あっ」
だが、その美しい顔は、みるみる蒼白になっていった。
「あなた……もしかして夕の息子の……」
「……はい……洋です」
「そうよね、そう!あの船の上で会った、あの子なのね。間違えるはずないわ。夕の生き写しみたいな顔をしていて涼にもそっくりで。あぁ驚いて息が止まるかと思ったわ」
あの日、船の上での偶然の出会いを思い出していた。最初は懐かしがってくれた伯母だったのに、母が崔加氏と再婚したという話をした途端、態度がガラリと変わって、もう関わらないで欲しいと言われたのだった。そんな俺が今こうやって涼の家に朝っぱらからいるのを、どう説明したらいいのか分からない。
「すみません。これには訳があって……」
早く荷物を持ってここを出て行かないと、涼に迷惑をかけてしまう。そう思うのに足が動かない。
驚きのあまり言葉を失っている俺たちを、おそらく伯母の夫なのだろう、隣にいる紳士が、不思議そうにじっと見つめていた。
「朝さん、一体これはどういうことなんだ? この涼にそっくりな青年は一体誰なんだ? 」
「あなた……ごめんなさい。まさか涼の家に、この子がいるなんて思わなくてちょっと動揺してしまったわ」
会ってはいけないと言われたのに、ずっと俺のことを慕ってくれた涼だった。あの後すぐに俺のことを探して、明るい日差しを降り注いでくれた。涼と会うことがあのアメリカでの暗い生活でのささやかな楽しみだった。
だから言われた通り、もう関わってはいけない。そう思っていたのに……肉親の情に飢えていたのか。涼を受け入れて……そして今、俺との縁が繋がって、しかも涼は幼馴染の安志のパートナーになっている。
そんなことはもちろん話せないし、考えたら俺のせいで涼の運命をずいぶん変えてしまったのだと気が付いて、冷や汗が流れて来た。
「……」
玄関先で三人共見つめ合ったまま、長い沈黙が続いていた。
「うわっ! 驚いた! 」
そんな張りつめた空気を割るように突然涼の声がした。ジョギングをしていたので、はぁはぁと乱れた呼吸に、ほとばしる汗。
その瞬間、パンッと氷が割れたように、場の緊張がとけた。
「父さん母さん、驚いたよ。今日だった? 予定より早かったんだな」
「まぁ涼、この子ったら。これは一体どういうこと? あなたを驚かそうと予定を早めたのよ。立ち話もなんだから家に入れてちょうだい」
****
「はい。コーヒー」
「あっありがとう」
気まずい雰囲気で、涼の両親と向かいあって座っている。居たたまれない気持ちでいっぱいだ。涼の方は悪びれもせずに、堂々としていて……これじゃどっちが年上だか分からないな。
「それで涼どういうことなのか、きちんと説明しなさい」
涼のお父さんが、落ち着いた声で静かに聞いてくる。
「あっはい。えっと洋兄さんは、母さんの妹の一人息子さんで、実は僕たちね、もう七年も前に出会っているんだよ、アメリカで」
「じゃあ君は朝さんの甥っ子さんになるのか。涼とは以前アメリカで? 」
「そうなんだよ。小学生の頃、日曜日に父さんと母さんとよくフェリーに乗りに行ったよね。そこで僕たちは出逢ったんだ」
「あぁあのフェリーか。涼は気に入って中学になってからは、よく一人でも乗りに行っていたな」
「ん……ごめんなさい。母さんには止められたけど、実はずっと洋兄さんに会っていたんだ」
「まぁ涼、あなたって子は……全く」
「あの……すみませんでした。もう涼に会うなって言われたのに」
やっとのことで口を開けた。
「洋くん、あのね……」
伯母の手にぐっと力が入ったのを見て、叩かれる? 叩かれてもしょうがないことをした。約束を破ったのは俺だから、なんでも受け入れよう。そう思って目を閉じだ。
「……?」
だが、いつまで待っても叩かれることはなく、不思議に思って目を開けると、慈しむ様な眼で頬を優しく撫でられた。
「本当にあの子にそっくり。可愛い妹の夕。私たち双子だったから、こんなに似た息子を授かったのに。でももう夕はこの世にいないなんて」
「おばさん……?」
「あの時はごめんなさい。あなたには何の罪もないのに、突き放すようなことを言って」
後悔の念に駆られたような切なげな眼で、伯母は俺のことを見つめていた。
「崔加さんのことね、実は向こうのニュースで知っているの。彼も彼なりに大変な目にあったのね。いつまでも恨んでいてもしょうがないし、私たちが今幸せなら、もう過去のことに執着するのは忘れようと思っていたの」
「はい……」
「私達が日本に来たのはね、涼の様子を見たいというのものあるけれども、実は夕のお墓参りもしたくて来たのよ」
「母の……」
「ええ、だからあなたを私の方から探さないといけないと思っていたの。まさか涼とつながっていてくれたなんて知らなかったから、さっきはあんなに驚いてごめんなさい」
そうだったのか。母の墓参りをこの人たちはしてくれるのか。そう思うとほっとしたせいで、涙が少し浮かんでしまい慌てて手で拭った。
「母も喜ぶと思います。俺もちょうどこの前してきたところです。よかったら行ってあげてください」
するりと捻じれていた縁が解けていくのを感じた。一度絡まった糸を解くのは大変だと思っていたのに、こんな風に柔らかくほどけて、まっすぐにつながっていくなんて。
悪いことばかりじゃないんだな、人生は。
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