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鏡の世界 2
丈の指先がつっーと首筋を辿って、着物の襟元の隙間に滑り込んでくる。
「丈っ? 」
「さっき兄に見られてしまったな。洋のいやらしい躰」
「なっ……おいっ変なこと言うなよ」
探るように彷徨っていた指先によって胸の突起をきゅっと摘まれてしまうと、堪らなく感じて唇を噛みしめてしまう。ここは丈の実家で近くにはお兄さんやお父さんもいると思うと、駄目だと思う気持ちの方が勝ってしまう。
俺はさっき挨拶の途中で貧血起こしてしまって、まだきちんと挨拶できていない。
それでも乳輪を擦るように撫でられ優しく指先で捏ねるように揉まれると、躰に火が付いたように次第に汗ばんできてしまう。
「うっ……んっ」
「洋、感じているのだろう。声出してもいいよ。ここは離れだから、母屋まで遠い」
「駄目だ! 駄目……あっ……」
丈から離れようと思うのに首筋に丈の唇をちゅっとあてられると、ぞくっと震えてしまう。丈の巧みな指先はいつも俺を翻弄する。
こうなってしまえば逆らえない。そう思って抵抗の力を弱めた時だった。
「コホンっ」
襖の向こうから控えめな男性の咳払いがして、思わず丈を突き飛ばしてしまった。油断していた丈はバランスを崩して尻もちをついてしまい居たたまれない気持ちだったが、急いで居住まいを正して襖の方向を見上げると、流さんが立っていた。
「へぇ……これはこれは……お邪魔だった? 」
「流兄さんなんの用です? 」
丈がむっとしたように返答した。
「ひどいな、洋くんに葛湯を作って来たのに」
見ると確かにお盆の上に白い湯気のたった湯呑が載っていた。
「あっありがとうございます」
「ふっ」
流さんがすっと手を伸ばしてくるので怪訝に思ってその指先を見つめていると、魅惑的な笑みを浮かべて俺の襟元に触れてきた。
「まったく……さっきせっかく俺が綺麗に着付けてやったのに、こんなに乱れさせて」
「あっ……すみません」
自分の襟元を見て、ギョッとしてしまう。
まさに丈の手が潜り込んでいましたというばかりに襟元が膨らんでいたので、何とも恥ずかしく居たたまれない気持ちで詫びてしまった。
「いいんだよ。君が謝ることはない。どうせここは丈の仕業だろう」
「流兄さんっ一体何しに来たんですか。用が済んだのなら、もう出て行ってください」
珍しく丈が冷静さを欠いているのが不思議な感じがして、二人のやりとりを見つめてしまった。兄弟がいるとこんな感じなんだろうか。二人の様子を微笑ましく感じた。
「んっ? 洋くんどうした? 」
「あっ……いえ。その、いつも大人っぽい丈もお兄さんの前ではこんな感じなんですね」
「ははっこいつ無愛想だろう? 昔から無口で何考えているか分からない奴だったよ。俺が一方的にちょっかい出しているだけだよ。だから今回急に君を連れて来たのには正直驚いた」
「すみません、俺」
「なんで謝るの? 君みたいに綺麗で上品な子なら大歓迎だよ」
そう言いながら、流さんは手際よく俺を立たせて着崩れた着物を整えてくれた。なんだか小さな子供みたいで照れくさいが、丈のお兄さんだと思うとほっとする。
「具合もう大丈夫? 」
「あっはい」
「じゃあ行こうか」
「えっどこへ? 」
「流兄さん、洋をどこへ」
俺の声に被るように、丈が俺の腕を掴んで引き留めた。
「くっいいね、丈、その顔。焦ったお前の顔なんてみるの初めてかもな」
「いい加減にしてください」
「寺内を案内してあげようと思ってね、さぁおいで」
「えっあの……」
「洋は行かせない」
もう片方の手を流兄さんに掴まれて、俺は心底困ってしまった。でもなんだか兄弟喧嘩に巻き込まれたようで…おかしくなってしまった。
「ふっ……」
「洋、何がおかしい? 」
丈がふてくされた子供のようにむすっとしている。そんな様子がすごく新鮮で微笑ましくて。
「だって丈のそんな焦った顔……子供みたいにお兄さんと言い争う姿なんて、今まで想像できなかったから」
「洋っ」
「くっ洋くんもそう思う? 俺もさっきから丈の反応が面白くて、つい揶揄ってしまうんだ。洋くんとは気が合いそうだ。さっこんな奴置いて俺と行こう」
「えっいや……それはその」
「分かりましたよ。三人で行きましょう」
丈が最大限譲歩したように偉そうに言うので、またおかしくなって笑ってしまった。
「ふふっ」
「洋、もう笑うな。夜、覚えておけよ」
俺の耳元で丈がそっと低い声で囁いて来たので、ひやりとしてしまったが、温かく楽しい気持ちは止まらなかった。
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