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アクシデント 10

 近づくと洋がぼんやりと待合所のベンチに座っていた。どこか焦点の合っていない不安そうな目をしている。 「洋……?」  呼びかけても呆然としているのか返事がない。洋の手に握りしめているスマートフォンがさっきから何度も鳴っている。着信表示を指の隙間から確認すると、丈さんじゃないか。出もしないで一体どうしたんだ? 「洋、電話に出ないと」  丈さんもこれでは、心配でしょうがないだろう。切れてしまう前に、慌てて俺は洋の手から奪って思い切って応答した。 「もしもし洋か、今どこにいる?」  電話越しの丈さんの声は、少し上擦って緊迫していた。 「あの……丈さん、俺です。安志です」 「えっなんで安志くんが? まさか洋に何かあったのか」 「あっいえ、洋は無事ですが……あのでも……今、病院なんです」 「何だって病院? 洋が怪我でもしたのか」 「違うんです。涼がモデルの撮影中に事故にあって、それで涼の保護者として洋が登録されていたので呼び出されて、救急病院まで来ているようです」 「そうなのか。そうか……」  電話越しに安堵の溜息が聴こえた。やっと冷静さを取り戻した丈さんだった。 「取り乱してすまない。安志くん……それで涼くんの怪我はひどいのか」 「いえ怪我はありますが、意識も戻って落ち着いているようです。でも頭を数針縫って、顔や体にも切り傷が結構あるので、少し入院になるかもしれません」 「そうだったのか。大変だったな。洋は今何をしている」 「あっ……近くにいますので替わります」  俺が電話に出たことで、やっと我に返った洋にスマートフォンを返してやる。気のせいか顔色が悪く手も震えているようだった。 「あ……丈……ごめん。俺、連絡するの忘れていて。うん…うん……そうなんだ。涼の怪我した姿を見たら、少し貧血を起こしたみたいで、ぼんやりと座っていた。安志も来てくれたし、もう大丈夫だ。遅くなるけれども、ちゃんと帰るよ。駅まで迎えに来てくれるのか。悪いな、じゃあ到着時刻は電車に乗ったらメールするよ」  俺はそんな受け答えをしている洋の様子を、じっと観察した。  おかしいところはないか、何かまた隠し事をまたしていないか。  通話が終わった洋は俺を見上げ、ひそやかに微笑んだ。それは洋特有の少し悲し気な儚げな微笑みだったので、俺は胸の奥に得体の知れない不安が疼くのを覚えた。 「洋、お前、本当に大丈夫か。もしかして何かあったのか。少し様子が変だぞ? 」 「えっあぁもう大丈夫だよ。ごめん……涼のあんな姿を見たので流石に動揺したみたいだ」 「そうか……ならいいけど、本当に大丈夫か」 「うん大丈夫だ、それより涼にもう会える? 」 「あぁ一緒に病室へ行こう。ほらっ」  洋の前に手を差し出してやった。控えめに握り返された洋の手はとても冷たかった。  涼のことを本当に可愛がって親身になっていたから、あんな包帯だらけの姿を見たせいで動揺するのも無理がないが……本当にそれだけだろうか。まだ疑ってしまう。 「安志……」 「なんだ? 」 「涼が無事で良かった」 「あぁ驚いたよ」 「俺……涼に何かあったら生きていられない」 「洋、それはお前もだよ。涼もお前に何かあったら生きていけない程、信頼しあっているんだ。洋も自分のことをちゃんと大事にしろよ」 「うん……そうだね。本当に」 **** 「洋兄さん、ごめんね。待たせて」 「涼、もう起きていていいのか。ちゃんと横になっていないと駄目だろう、まだ」  涼の肩を抱いて再び横にならせ、布団を肩までかけてやる洋の姿は、本当に優しい兄のようだった。こんな表情出来るようになったのかと小さな発見だった。そしてそのことが嬉しい。洋がこんなにも心を許せる身内がいることを実感でき、嬉しくなった。  お前……もうひとりじゃないんだな。  洋は椅子を持ってきて涼と同じ目線に座り、傷ついた手首の傷にそっと触れた。 「さっきは気が付かなかったけど、頭だけでなく他の所も傷だらけだな。痛かっただろう」 「うん……流石にちょっとね」  洋の顔にも血色が戻って来たので、ほっとした。  さっきまで洋が何かに深く悩んでいるように感じたのは、気のせいだったのだろうか。美しすぎる従兄弟同士の触れ合う光景を、俺は壁にもたれてじっと眺めた。

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